ボードレール ティルソス(聖なる杖) Charles Baudelaire Le Thyrse フランツ・リストに捧げる詩学

「ティルソス(聖なる杖 Le Thyrse)」は、1863年12月10日、『国内・国外評論(Revue nationale et étrangère)』に掲載されたシャルル・ボードレールの散文詩。
ピアニスト、作曲家、指揮者であるフランツ・リストに捧げられ、同時に晩年のボードレールの詩学を歌っている。

ワーグナー好きのボードレールにとって、ドイツのワイマールで行われた「タンホイザー」の初演で指揮棒を握ったリストは、敬愛する音楽家だったに違いない。

「ティルソス(聖なる杖)」では、オーケストラを自由自在に操る指揮棒と、ディオニュソス(バッカス)の持つ聖なる杖(ティルソス)とを重ね合わせ、忘我的陶酔(extase)の中で感知する美(Beauté)について、散文のシンフォニーが奏でられる。

Le Thyrse
À Franz Liszt

 Qu’est-ce qu’un thyrse ? Selon le sens moral et poétique, c’est un emblème sacerdotal dans la main des prêtres ou des prêtresses célébrant la divinité dont ils sont les interprètes et les serviteurs. Mais physiquement ce n’est qu’un bâton, un pur bâton, perche à houblon, tuteur de vigne, sec, dur et droit. Autour de ce bâton, dans des méandres capricieux, se jouent et folâtrent des tiges et des fleurs, celles-ci sinueuses et fuyardes, celles-là penchées comme des cloches ou des coupes renversées. Et une gloire étonnante jaillit de cette complexité de lignes et de couleurs, tendres ou éclatantes.

続きを読む

ボードレール 午前1時に Charles Baudelaire À une heure du matin 詩人ボードレールの生の声

ボードレールは、いつでも虚勢を張り、人を驚かせるダンディスムを身に纏っている。それほど、彼の詩句はいつでも格好いい。
しかし、時には一人になり、他人の目を意識しない時には、弱音が出ることもある。

外でさんざん虚勢を張った後、小さなアパートの部屋に戻る。疲れ果てて一人でいると、ふと本音が出てしまう。
「午前1時に(À une heure du mation)」からは、そんなボードレールの生の声が聞こえてくる。

 Enfin ! seul ! On n’entend plus que le roulement de quelques fiacres attardés et éreintés. Pendant quelques heures, nous posséderons le silence, sinon le repos. Enfin ! la tyrannie de la face humaine a disparu, et je ne souffrirai plus que par moi-même.

 やっと! 一人だ! 聞こえてくるのは、もう、夜も遅くなり疲れ果てた馬車の走る音だけ。何時間かは静かでいられるだろう。心が安まるわけでないとしても。やっとだ! 人間の顔の横暴が消えた。苦しむとしたら、もう、私自身によるだけ。

続きを読む

ボードレール 犬と香水瓶 Baudelaire Le chien et le flacon 詩人の肖像

散文詩「犬と香水(Le Chien et le Flacon)」の中で、ボードレールは、香水のかぐわしい香りよりも汚物を好む犬の姿を描く。
その嫌みは、韻文詩「アホウドリ(L’Albatros)」の中で船乗りたちに揶揄されたアホウドリの反撃と見なすことができる。

その詩で歌われる香水瓶が、1857年に出版された『悪の華(Les Fleurs du mal)』だとすれば、「犬と香水」は、詩集を裁判にかけ、罰金刑を科し、6編の詩の削除を命じた判決を行い、それを支持した人々に対する嫌みとして受け取ることもできる。

犬の悪趣味に対する攻撃。言葉は直接的で、ボードレールの生の声が聞けるような感じがする。
最先端の芸術家は、その新しさのために社会には理解されない。自分たちの優越性を心の片隅で信じながら、時にはこんな風に、自分を認めない相手に思い切り毒づくこともあるのだろう。

続きを読む

ボードレール アホウドリ Charles Baudelaire L’Albatros 詩人の肖像

1857年に出版された『悪の華(Les Fleurs du mal)』は、非道徳的な詩篇を含むという理由で裁判にかけられ、有罪の判決を受ける。その結果、詩人は出版社とともに罰金を科され、かつ6編の詩の削除を命じられた。

ボードレールは第二版を準備するにあたり、単に断罪された詩を削除するだけではなく、新しい詩を付け加え、100編だった詩集を126編の詩集にまで増やし、1861年に出版した。
「アホウドリ(L’Albatros)」はその際に付け加えられた詩の一つである。

ただし、執筆時期については、もっとずっと早く、1841年にボードレールが義理の父親から強いられ、てインドのカルコタに向かう船旅をした時期ではないかという推測もある。
その旅の途中、あるいは、フランスに帰国した後、「アホウドリ」が書かれたという説は広く認められている。

他方、1859年に、もう一つの詩「旅(Le Voyage)」と一緒に印刷されために、その時代に書かれたという説もある。
『悪の華』第二版(1861)の中で、「アホウドリ」は冒頭の詩「祝福(Bénédiction)」に続き二番目の位置を占め、「旅」は詩集の最後に置かれている。
「旅」で歌われる「未知なるもの、新たなるもの」の探求へと向かう「詩人の肖像」が、アホウドリとして詩集の最初に描き出されているのである。

続きを読む

ボードレール 「異邦人」 Charles Baudelaire « L’Étranger » 片雲の風に誘はれて、漂白の思ひやまず  

散文詩「異邦人(L’Étranger)」は、ボードレールが、ノルマンディー地方にあるオンフルールの海岸や、ウージェーヌ・ブーダンの風景画の中で見た、空に浮かぶ雲を思い起こしながら、詩人の存在について歌った詩だといえるだろう。

詩人は、世界のどこにいても「外国人(étranger)」であり、人間にとって自然だと思われている感情を持たず、常に違和感を感じている。

ボードレールは、自分の中の詩人に向かい、矢継ぎ早に質問をする。

続きを読む

ボードレール 想像力の美学 1859年のサロン Baudelaire Salon de 1859 De l’imagination

ボードレールの「1859年のサロン」は、想像力を中心に据えた絵画論。
その中で、「1846年のサロン」で提示した絵画論(自然を素材として、画家の内部の超自然(surnaturel)なイメージに基づいた創造物を制作する)という、最も基本的な概念を変更することはない。

しかし、今回は、「想像力(imagination)」を人間の「諸能力の女王(la reine des facultés)」と定義し、想像力との関係から、描かれる対象、画家、画法、作品の関係を考察する。
そして、創造の目的が、最終的に、新しい世界(un monde nouveau)、新しさの感覚(sensation du neuf)を生み出すことであるとする。

1846年の芸術論は、ロマン主義とは何かとい問いかけに対するボードレールなりの回答であった。それに対して、1859年の芸術論は、現代性(モデルニテ)と呼ばれる新しい芸術観の出発点となっている。

続きを読む

ボードレール 夕べの黄昏 (散文詩 1862年) Baudelaire Le Crépuscule du soir (en prose, 1862) 散文詩について

「夕べの黄昏(Le Crépuscule du soir)」は、シャルル・ボードレールが最初に公けにした散文詩。
1855年、『フォンテーヌブロー』という選文集の中で、韻文詩「二つの薄明(Deux crépuscules)」の後ろに置かれ、4つの詩節からなる散文だった。
https://bohemegalante.com/2020/08/31/baudelaire-crepuscule-du-soir-en-prose-1855/

その後、詩人は別の機会を見つけ、何点かの散文詩を発表し、1862年になると、『ラ・プレス(La Presse)』という新聞に、26点の作品を4回に分けて掲載しようとした。
その際、3回目までで20作品が公けにされたが、連載4回目の掲載はなかった。しかし、ゲラ刷りが残っていて、その中に「夕べの黄昏」も含まれている。
しかも、そのゲラ刷りにある詩は、1855年の版とはかなり異なっている。全く違うと言っていいほど、違いは大きい。

『ラ・プレス』の連載の最初の回では、文学部門の編集責任者だったアルセーヌ・ウセーに向けられた献辞の手紙が置かれ、ボードレールが「散文詩というジャンル」を確立しようとする意図が語られている。

アルセーヌ・ウセー宛の手紙と、「夕べの黄昏」の2つの版を検討することで、1862年の時点でボードレールの考える散文詩がどのようなものなのか、探ってみよう。

続きを読む

ボードレール 夕べの黄昏 (散文詩 1855年) Baudelaire Le Crépuscule du soir (en prose, 1855) 自然と都市

シャルル・ボードレールは、「夕べの黄昏(Le Crépuscule du soir)」と題される詩作品を二つ書いている。
最初は韻文。発表されたのは1852年。
ただし、その際には、「二つの薄明(Les Deux Crépuscules)」という題名で、昼の部分と夜の部分が連続していた。

1855年になると、韻文詩から出発し、散文詩も執筆する。それは、ボードレールが最初に公にした散文詩だった。

発表されたのは、フォンテーヌブローの森を多くの人の散策の地とするのに貢献したクロード・フランソワ・ドゥヌクール(Claude-François Denecourt)に捧げられ、数多くの文学者たちが参加した作品集『フォンテーヌブロー(Fontainebleau)』(1855)の中。
最初に「二つの薄明」という題名が掲げられ、「夕べ(Le Soir)」と「朝(Le Matin)」と題された韻文詩が置かれる。その後、散文の「夕べの黄昏(Le Crépuscule du soir)」と「孤独(La Solitude)」が続く。

Théodore Rousseau, Sortie de forêt à Fontainebleau, soleil couchant

『フォンテーヌブロー』を読んでみると、不思議なことに気が付く。
ドゥヌクールの貢献を讃えるため、自然の美を歌う作品が集められている中で、ボードレールだけが都市をテーマにしている。フォンテーヌブローとは何の関係もない。

その理由を探っていくと、彼が韻文詩と同時に散文でも詩を書き始めた理由が分かってくるかもしれない。

続きを読む

ボードレール 夕べの黄昏 (韻文詩) Baudelaire Le Crépuscule du soir 闇のパリを詩で描く

シャルル・ボードレールは、自分たちの生きる時代のパリの生活情景を詩の主題として取り上げ、美を生み出そうとした。
こうした姿勢は、『1846年のサロン』の最終章「現代生活の英雄性(Le Héroïsme de la vie moderne)」の中で、同時代の絵画の美を提示する際に示されたものだった。

ボードレールの詩の対象となるパリの情景は、人々の日常生活、その中でも、一般には悪であり、醜いと見なされるもの。
韻文詩集の『悪の花(Fleurs du mal)』という題名が、そのことを明確に現している。

19世紀半ばのバリの様子は、幸いなことに、マルセル・カルネ監督の映画「天井桟敷の人々(Enfants du paradis)」で見ることができる。(脚本は、詩人のジャック・プレベール。)

続きを読む

ボードレール 現代生活の英雄性 1846年のサロン 永遠の美から時代の美へ

『1846年のサロン』の最終章「現代生活の英雄性(L’Héroïsme de la vie moderne)」で、ボードレールは、彼の考える美を定義した。

伝統的な美学では、美とは唯一で絶対的な理想と考えられてきた。例えば、ヴェルヴェデーレのアポロン、ミロのビーナス。

理想の美は、いつの時代に、どの場所で、誰が見ようと、常に美しいと見なされた。

それに対して、19世紀前半のロマ主義の時代になり、スタンダールやヴィクトル・ユゴーが、それぞれの時代には、その時代に相応しい美があると主張した。
ボードレールも、美は相対的なものであるという考え方に基づき、自分たちの生きる時代の美とは何か、彼なりの結論を出す。
その例として挙げるのは、ポール・ガヴァルニやウージェーヌ・ラミ。

ボードレールは、こうした美のあり方を、「現代生活の英雄性」と名付けた。

続きを読む