ヴィクトル・ユゴー 「エクスターズ」 『東方詩集』 Victor Hugo « Extase »  Les Orientales 

1802年に生まれ1885年に83歳で死んだヴィクトル・ユゴーが、フランス・ロマン主義文学の中心であったことに異論の余地はない。
1820年代にはすでにロマン主義を先導する詩人、劇作家だった。
また、現在でもよく知られている『ノートル・ダム・ド・パリ』や『レ・ミゼラブル』の作者でもある。

そうしたユゴーの創作活動は、簡潔にまとめるにはあまりにも膨大であるが、ここでは1829年に出版された『東方詩集(Les Orientales)』に収録された「エクスターズ(Extase)」を読み、ユゴーの詩の本質がどこにあるのか考えみよう。

最初の出版物である『オード集(Odes et Poésies diverses)』(1822)の「序文(Préface)」には、次のような一節が見られる。

 Au reste, le domaine de la poésie est illimité. Sous le monde réel, il existe un monde idéal, qui se montre resplendissant à l’œil de ceux que des méditations graves ont accoutumés à voir dans les choses plus que les choses.

詩の領域は果てしない。現実世界の下には、理想の世界がある。その理想の世界は、大切なことをずっと瞑想し、事物の中に事物を超えたものが見えている人々の目には、光輝いた姿を現している。

続きを読む

ヴィクトル・ユゴー 「パン」 Victor Hugo « Pan » フランス・ロマン主義の神 2/2

Isis allaitant Harpocrate

パン(Pan)の語源となるギリシア語は、「全て」を意味する。
そのパンが、キリスト教の神(Dieu)の行為を最初に明かす。
そこには、キリスト教と古代ギリシアの神々を崇める異教とを融合する諸教混合主義(syncrétisme)を見てとることができる。

C’est Dieu qui remplit tout. Le monde, c’est son temple ;
Œuvre vivante, où tout l’écoute et le contemple.
Tout lui parle et le chante. Il est seul, il est un.
Dans sa création tout est joie et sourire.
L’étoile qui regarde et la fleur qui respire,
Tout est flamme ou parfum !

神が全てを満たした。世界は神の神殿。
生命を持つ作品。そこでは、全てが神の声を聞き、姿を見つめる。
全てが神に話しかけ、神を歌う。神は一人、神は唯一の存在。
神の創造において、全ては喜びであり、微笑み。
見つめる星、息づく花、
全ては炎、あるいは香り!

続きを読む

ヴィクトル・ユゴー 「パン」 Victor Hugo « Pan » フランス・ロマン主義の神 1/2

1831年に出版された『秋の葉(Les Feuilles d’automne)』に収められた「パン(Pan)」は、フランス・ロマン主義を主導するヴィクトル・ユゴーが、詩とは何か、詩人とはどのような存在か、高らかに歌い上げた詩。

1820年にラ・マルティーヌが「湖(Le Lac)」によって、ロマン主義の詩の一つの典型を示した。
https://bohemegalante.com/2019/03/18/lamartine-le-lac/
その約10年後、ユゴーが、古代ギリシアの神であるパンの口を通して、ロマン主義の詩を定義した。

パンは、元々は自然を表す神の一人であり、羊飼いと羊の群れの保護者。下半身はヤギ、上半身は人間、頭の上には角を突けた姿で描かれた。

パン(Pan)という言葉はギリシア後で「全て」を意味する。
そのためだと考えられるが、オルペウス教では、原初の卵から生まれた両性存在の神と同一視された。
さらに、ネオ・プラトニスムのメッカであるアレクサンドリアでは、宇宙全ての神と考えられるようになった。

続きを読む

ヴィクトル・ユゴー 「夢想」 Victor Hugo « Rêverie » 現実と夢想

1820年代、ヨーロッパでは、オスマン帝国からの独立を宣言したギリシアへの関心が高まり、多くの芸術家の関心をかき立てた。
その代表の一つが、ドラクロワの1824年の作品「キオス島の虐殺」や、1826年の「ミソソンギの廃墟に立つギリシア」である。

Eugène Delacroix, Scènes des massacres de Scio
Eugène Delacroix, La Grèce sur les ruines de Missolonghi

1828年には、ヴィクトル・ユゴーも『東方詩集(Les Orientals)』を出版する。「夢想(Rêverie)」は、その詩集に収められている。

ユゴーは一度もオリエントを訪れたことはなく、詩集の中では知識と想像力によって作り挙げられたイメージが繰り広げられる。
「夢想」はその原理を読者に明かし、現実とイマジネーションの関係を垣間見させてくれる。

続きを読む

ヴィクトル・ユゴー 「影の口が言ったこと」 Victor Hugo « Ce que dit la bouche d’ombre » 自然の中の人間

ヴィクトル・ユゴーは降霊術に凝っていて、回るテーブルを囲み、霊とモールス信号のような交信をしていたことが知られている。
「影の口が言ったこと」 の影の口(la bouche d’ombre)というのは、その霊の口だろう。
ユゴー自身のイメージでは、ドルメンなのかもしれない。彼が描いた絵が残っている。

続きを読む

ヴィクトル・ユゴー 「この花をあなたのために摘みました」 Victor Hugo « J’ai cueilli cette fleur pour toi… » 人間と自然と愛と

「この花をあなたのために摘みました」(« J’ai cueilli cette fleur pour toi… »)は、ヴィクトル・ユゴーが愛人のジュリエット・ドルエに捧げた詩。
詩の最後に、「サーク島、1855年」と記されているが、原稿は1852年の日付があり、詩の背景となったのは、ユゴー一家が亡命したばかりのジャージー島だと思われる。

ユゴーは、その島の中を散策し、海に突き出た岬で見つけた花を詩の中心に据え、ジュリエットへの愛を歌った。

その詩の中で描かれる自然は、ユゴーの世界観を密かに垣間見させてくれる。

続きを読む

ヴィクトル・ユゴー 「若い時の古いシャンソン」 Victor Hugo « Vieille chanson du jeune temps » 初恋の想い出と恋する自然 ロマン主義から離れて

1802年に生まれ、1885年に死んだヴィクトル・ユゴーは、19世紀の大半を生き、『ノートルダム・ド・パリ』や『レ・ミゼラブル』といった小説だけではなく、数多くの芝居や詩を書き、フランスの国民的作家・詩人と考えられている。

「若い時の古いシャンソン(Vieille chanson du jeune temps)」は、1856年に出版された『瞑想詩集』に収められ、1820年代に始まったフランス・ロマン主義に基づきながら、その終焉を告げ、新しい時代の感性を示している。

また、その詩の中では自然が恋愛と関連して重要な役割を果たしているが、その感性は、日本的な自然に対する感性とはかなり違っている。自然を巡る二つの感性を知る上でも、「若い時の古いシャンソン」は興味深い詩である。

続きを読む