フランス語講座 ネルヴァル 「シルヴィ」 Gérard de Nerval « Sylvie » 1/2 心のスクリーンに映し出された映像を描く散文

ジェラール・ド・ネルヴァルの「シルヴィ」は、とても美しく音楽的な散文で綴られている。
とりわけ、冒頭の一節で描き出される劇場の様子は、21世紀のフランス語の文章構造と比較するとずいぶんと複雑で、わかりにくいと思われるかもしれない。
しかし、前から読み、ブロック毎に意味を理解していくと、情景が自然に心の中に浮かび、主人公の「私」と同じ感覚を味わっているような気持ちになる。

文章が複雑だと感じられる原因を探りながら、それが難しさではなく、文体上の工夫だとわかると、フランス語で文学作品を読む楽しみを感じることができるようになる。

Je sortais d’un théâtre où tous les soirs je paraissais aux avant-scènes en grande tenue de soupirant. Quelquefois tout était plein, quelquefois tout était vide. Peu m’importait d’arrêter mes regards sur un parterre peuplé seulement d’une trentaine d’amateurs forcés, sur des loges garnies de bonnets ou de toilettes surannées, — ou bien de faire partie d’une salle animée et frémissante couronnée à tous ses étages de toilettes fleuries, de bijoux étincelants et de visages radieux. Indifférent au spectacle de la salle, celui du théâtre ne m’arrêtait guère, — excepté lorsqu’à la seconde ou à la troisième scène d’un maussade chef-d’œuvre d’alors, une apparition bien connue illuminait l’espace vide, rendant la vie d’un souffle et d’un mot à ces vaines figures qui m’entouraient.

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ネルヴァル 「デルフィカ」 Nerval « Delfica » 再生と待機

ミケランジェロ、デルポイの巫女

「シメール詩篇」に収められたソネット「デルフィカ」は、ネルヴァルの文学技法と思考を知るための、最良の詩だといえる。

技法を一言で言えば、本歌取り。
知を共有する人々であれば誰もが知っている言葉や事柄を取り上げ、それを変形することで、彼自身の言葉を作り出し、彼の思考を表現する。

思考の内容に関しては、再生や回帰。
しかし、再生を歌うとしても、その実現を待つのが、彼の姿勢である。
象徴的に言えば、ネルヴァルは生と死の間にある煉獄(limbes)にいる。

「デルフィカ(Delfica)」に関して言えば、ゲーテの「ミニョンの唄」とヴェルギリウスの『牧歌』第4巻を主な本歌とし、その題名によって、アポロンに仕えるデルポイの巫女(sibylle de Delphes)の神託が詩となっていることを示している。

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詩は世界を美しくする  ネルヴァル ボードレール 村上春樹 ビリー・ホリデー

詩は世界を美しくする。

芸術家、詩人は、自分の世界観(ボードレールの言葉では「気質」tempérament)に従って、作品を生み出す。
私たちは、その作品に触れることで、芸術家の世界観に触れ、感性を磨いたり、彼等のものの見方、感じ方を身につけることができる。

詩においても、そのことを具体的に体験することができる。

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ネルヴァル 「祖母」 Nerval « La grand’mère » 詩句の音楽性と記憶の作用

Corot, Souvenir de Mortefontaine

おばあさんが死んで3年。葬儀の時にはみんな悲しんでいた。でも、ぼくは一人だけ、びっくりするばかりで、みんなと同じ反応が示せなかった。

三年後の今、おばあさんの記憶はみんなの中で色あせている。
しかし、ぼくの中では、記憶が深く刻み込まれ続けている。


このように語る「祖母」という小オードは、ネルヴァルの記憶作業がどのようなものか、わかりやすく伝えている。
と同時に、ネルヴァルが詩の音楽性を重視していたことも教えてくれる。

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ネルヴァル 「黄金詩篇」  ピタゴラスと共に Nerval, « Vers dorés », avec Pythagore

ネルヴァルの「黄金詩篇」は、エピグラフにピタゴラスの詩句とされる言葉を挙げ、ピタゴラス教団の教えを唱えるお題目のような雰囲気を持っている。

ピタゴラスという名前を聞くと、ピタゴラスの定理を思いだし、数学者だと思うかもしれない。三角形の底辺の2乗は、他の2辺の2乗の和に等しいという、誰もが知る定理。

しかし、ピタゴラスは、万物は全て数で成り立つと唱えた古代ギリシアの哲学者で、秘儀的な宗教教団の中心人物でもあった。その教団は、ピタゴラス派と呼ばれる。
「黄金詩篇」はその教団の信条を詩句にしたもの。

ネルヴァルは、最初にこの詩を発表した時、「古代の思想(« Pensée antique »)」という題名を与えていた。この「古代」は「近代」と対立し、人間の思考の二つの型を連想させる。一方は合理的思考。もう一方は理性的理解を超えた思考。

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ネルヴァル 「ファンテジー」 Nerval « Fantaisie » 音楽と絵画とデジャ・ヴュと

ネルヴァルの「ファンテジー」は、音楽性と絵画性が絶妙に組み合わされ、ロマン主義的な美が見事に表現されている。

詩句は音楽性に富み、朗読すると口にも耳にも心地よい。

喚起される情景は、古きフランスの光景であり、「詩は絵画のように、絵画は詩のように」(Ut pictura poiesis)というホラティウスの言葉を実現している。
それと同時に、一つのメロディーから過去の光景が一気に描き出される様は、プルーストのマドレーヌと同じように、記憶のメカニスムが作り出す魅力を感じさせてくれる。

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ネルヴァルの名刺(裏面) 「アルテミス」  Gérard de Nerval « Artémis »

アレクサンドル・デュマに渡した名刺の裏面に書き付けられた「アルテミス」では、オルフェウスによって暗示された神秘に関する、ネルヴァル的開示がなされる。
(名刺の表面に書かれた「エル・デスディチャド」を参照)
https://bohemegalante.com/2019/05/12/el-desdichado-carte-de-visite-nerval-endroit/

Apollon et Artémis

アルテミスは、ローマ神話ではダイアナと同一視され、狩りと月の処女神であるが、ギリシア神話の中では、ゼウスとレートーと間に生まれた子どもで、アポロンの双生児とされている。

名刺の表側の「私」がフェビュス(アポロン)であるならば、裏面にアルテミスの名前があることに驚きはない。

しかし、詩の内容は、ギリシア・ローマ神話とはかなり異質であり、謎めいている。「アルテミス」では、オルフェウス的詩人の神秘に関して、なぞなぞのようなゲーム感覚で詩句が展開する。

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ネルヴァルの名刺(表面) 「エル・デスディチャド(不幸者)」  Gérard de Nerval « El Desdichado »

ジェラール・ド・ネルヴァルの「エル・デスディチャド(不幸者)」と題されたソネットを最初に公にしたのは、アレクサンドル・デュマだった。
彼は、1853年12月10日付けの「銃士」という新聞の中で、ネルヴァルに関してかなり茶化した紹介文を書いた。

数ヶ月前から精神病院に入っている詩人は、魅力的で立派な男だが、仕事が忙しくなると、想像力が活発に働き過ぎ、理性を追い出してしまう。麻薬を飲んでワープした人たちと同じように、頭の中が夢と幻覚で一杯になり、アラビアンナイトのような空想的で荒唐無稽な物語を語り出す。そして、物語の主人公たちと次々に一体化し、ある時は自分を狂人だと思い、別の時には幻想的な国の案内人だと思い込んだりする。メランコリーがミューズとなり、心を引き裂く詩を綴ることもある。

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