ボードレール 「七人の老人」 Baudelaire « Les Sept Vieillards » 2/2

「七人の老人」の後半、第8詩節からは、老人の数が増え始める。そして、不思議な雰囲気が漂うようになる。
(朗読は1分45秒から)

Son pareil le suivait : // barbe, oeil, dos, bâton, loques,
Nul trait ne distinguait, // du même enfer venu,
Ce jumeau centenaire, // et ces spectres baroques
Marchaient du même pas // vers un but inconnu.

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ボードレール 「七人の老人」 Baudelaire « Les Sept Vieillards » 1/2

シャルル・ボードレールは1859年5月の手紙の中で、「パリの亡霊たち(Fantômes parisiens)」と題され、その後「七人の老人(Les Sept Vieillards)」という題名を与えられる詩について、新しく試みている連作の最初のものであり、これまで詩に定められてきた限界を超えるのに成功したと記している。

それは、1857年に出版した『悪の華(Les Fleurs du mal)』が裁判で有罪を宣告され、6編の詩が削除を命じされた後、第2版の出版に向け、新しい詩を模索している時のことだった。

4行詩が13節連ねられ、全部で52行から成る「七人の老人」は、前半の7詩節と後半の6詩節に分けて理解することができる。
前半は、パリの情景と一人の老人の出現。
後半は、その老人が7人にも8人にも見える幻覚症状。

詩法としては、一行の詩句や一つの詩節に意味を収めることとされてきた伝統的な詩法に対して、新しい詩を模索するボードレールは、あえて意味と詩句の対応を破壊した。すると、そのズレた部分が詩句のリズムを変え、特定の言葉にスポットライトを当てることになる。

内容的には、「美は常に奇妙なもの」とか「美は常に人を驚かす」とするボードレールの美学が、「七人の老人」の中で具現化されていると考えることができる。

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ルイーズ・ヴェルネとアカデミー派の絵画

Paul Delaroche Portrait présumé de Louise Vernet

19世紀は革命が何度も起こった時代だが、絵画の世界でも、ロマン主義、写実主義、印象派など、新しい流派が次々に誕生した。
そうした新しい絵画を語る時、アカデミーの絵画が刷新を妨げた要素として悪者扱いされる。
そこでつい「型にはまり退屈なアカデミー絵画」などと言われると、鵜呑みにしてしまいがちになる。

ところが、実際の絵画を目にすると、素晴らしいものがある。
オーラス・ヴェルネやポール・ドラロッシュの描くルイーズ・ヴェルネの何枚かは、理想の美を目指し、滑らかな仕上げが求められた伝統的な絵画だが、深く心を打つ。

ルイーズ・ヴェルネは、オラース・ヴェルネの娘であり、1835年にポール・ドラロッシュと結婚した。しかし、彼女は1845年には死んでしまう。その後、ポールは立ち直ることが難しかったと言われている。

二人の描いたルイーズの肖像画には、深い愛が感じられる。夫は題名に「天使の顔」と名付けている。

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「ボヴァリー夫人は私(Madame Bovary, c’est moi)」は本当にフロベールの言葉?

『ボヴァリー夫人』に関する文章を読んでいると、フロベールが「ボヴァリー夫人は私(Madame Bovary, c’est moi.)」と書いたとか、質問に答えて言ったと、至る所に書かれている。しかし、はっきりした根拠が示されることはあまりない。

ルーアン大学にあるフロベール・センターを統括するイヴァン・ルクレール教授が、インタヴューの中で、その言葉の由来について語っている。

フロベール『ボヴァリー夫人』 文章の音楽性

2021年は、1821年生まれたのギュスターヴ・フロベールの生誕200年の年だった。そこで数多くの催しが開催されたが、一つのテレビ番組の中で、『ボヴァリー夫人』の文章の音楽的な美しさを感じるために俳優が抜粋を朗読し、ピアニストがショパンの「 夜想曲 第20番 嬰ハ短調 遺作」 を演奏する場面があった。
こうした例は、フランスでは、詩だけではなく、小説においても、文章の音楽性が重要であることを示している。

歌のちから ー 外国語学習から詩の観賞まで

私たちは好きな歌を何度も聴く。歌詞はすでに知っていて、聞く前から言葉の意味はわかっている。それにもかかわらず、何度聴いても飽きることがない。
その理由はどこにあるのだろう?

ある研究によると、言葉をほとんど話すことができない子どもでも歌を聞いてある程度反復できるが、しかし歌詞だけを取り出すことは難しいという。

歌は、「メロディー」「リズム」「調性」「歌詞」「音色」などの要素から構成される。
実験に参加した2歳の子どもたちは、「メロディー」は上手でなくても「リズム」に乗って「歌詞」を口ずさむけれど、「歌詞」の「言葉」だけを話すように頼むと途端に発音できなくなった。
この実験が教えてくれるは、歌詞の意味がわからなくても、音楽と一緒であれば言葉の音声を記憶できる、ということである。

母語を習得する過程においても、幼児は身近な大人たちの音声を聞き、聞こえた音を反復する。
言語に「表現(文字、音声)」と「内容(意味)」という2つの側面があるとすると、最初に反復の対象になるのは「音」にすぎない。
それが「意味」と繋がるのは、「マンマ」という音の塊が、食べ物と連動することを記憶した時でしかない。
まず「音」があり、次に「意味」が来る。

このようなことを考えると、言語における「音」の重要性がはっきりと理解できる。

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ボードレール 白鳥 Baudelaire Le Cygne モデルニテの詩 2/2

第1部では、「古いパリはもはや存在しない。(町の形は/変わってしまう、ああ! 人の心よりももっと早く。)」という確認がなされた後、古いパリの姿が心の中に描き出され、「過去」に対するメランコリックな憧れが強く表出された。

第2部でも、「パリは変わりつつある!」と、時間の経過とともに過去が失われ、全てが変わってしまうという考察が最初に取り上げられる。
しかし、第1部とは違い、「私」の意識は過去に向かうのではなく、現在に留まり続ける。つまり、「私は考えている(Je pense)」という行為そのものに焦点が絞られる。

第1詩節ではその原理が開示され、続く詩節からは具体例が示されていく。

(朗読は1分45秒から)

II

Paris change ! mais rien dans ma mélancolie
N’a bougé ! palais neufs, échafaudages, blocs,
Vieux faubourgs, tout pour moi devient allégorie,
Et mes chers souvenirs sont plus lourds que des rocs.

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ボードレール 白鳥 Baudelaire Le Cygne モデルニテの詩 1/2

シャルル・ボードレール(Charles Baudelaire)の「白鳥(Le Cygne)」について、最も優れたボードレール研究者だったクロード・ピショワは、ボードレールの詩の中で、そしてフランス詩の中で、最も美しいものの一つと断言している。

その詩の書かれた1859年頃、パリは変貌を遂げつつあった。
1850年くらいから古い街並みが壊され、新しい街並みが生まれつつあった。「白鳥」は、そうした変貌を背景にし、まさに変わりつつあるルーブル宮のカルーゼル広場を歩きながら、一羽の白鳥の姿を想い描く。その姿を通して、社会も人間の心も文化も芸術も、全てが新しい時代へと移行していく「今」を捉え、「美」を抽出する。

その変化は、ボードレールの詩においては、19世紀前半のロマン主義的なものから、19世紀後半のモデルニテと呼ばれるものへの移行でもあった。こう言ってよければ、美の源泉が、「ここにないもの(過去、夢、内面、地方、自然など)へのメランコリックな憧れ」から、「今という瞬間=永遠」へと変わっていく。その流れを主導したのが、ボードレールだった。

ここではまず、現在ではルーブル美術館の入り口としてガラスのピラミッドが立てられているカルーゼル広場に関して、変貌前(1846年)と変貌後(1860年)の姿を確認しておこう。

広場の中心あたりにはカルーゼル門が立っていることは変わらない。しかし、1846年にはその奥にごちゃごちゃと立ち並んでいた建物群があるが、1860年の絵画ではきれいに取り払われている。その違いをはっきりと見て取ることができる。

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宮沢賢治 銀河鉄道の夜 ほんとうの幸

『銀河鉄道の夜』が読者に伝えるメッセージの中心は、「本当の幸せとは何か?」という問題に絞られる。

その問いに対して、その作品以前にも賢治がしばしば導き出したのは、世界を救うため、あるいは他者の幸福のためであれば、自分を犠牲にし、死に至ることもいとわない、というものだった。

例えば、「グスコーブドリの伝記」は自己犠牲の物語であり、主人公グスコーブドリは、イーハトーブの深刻な冷害の被害をくい止めるようとし、火山を人工的に爆発させ、高温のガスを放出させて大地を温めるため、最後まで火山に残り、自分の命と引き換えに人々の生活を救う。

しかし、自分を犠牲にして人あるいは世界を幸福にするという考え方は、現代社会を生きる人間には違和感がある。人のために死んだら、何にもならない。その上、近親者や友人達は深い悲しみに襲われるだろう。そんな幸福は、自己満足ではないのか?

ザネリを助けるために溺れてしまったカムパネルラは、銀河鉄道の列車の中で、「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸わいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」とジョバンニに問いかける。
そして、ジョバンニが、「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」と応えると、カムパネルラの方では、「ぼくわからない。けれども、誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」と言葉を続ける。

『銀河鉄道の夜』中で、この会話に対する明確な答えが提示されてはいない。
そこで、「自己犠牲」や「いいこと」には明確な答はなく、「いいこととは何かを考える続けること」が賢治の考える人間のあり方である、といった解説をすることもある。
こうした読解であれば、現代の読者にも受け入れられやすいに違いない。

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宮沢賢治 銀河鉄道の夜 すきとおった世界

宮沢賢治(1896-1933)は生前2冊の本しか出版していない。一冊は詩集『春と修羅』、もう一冊は童話集『注文の多い料理店』。どちらも大正13年(1924年)のことだった。
その同じ年に、結局未完のままで終わった「銀河鉄道の夜」 も書き始められた。

その時期は賢治の創作活動が最も活発な時であると同時に、彼の世界観が「心象スケッチ」や物語の形で美しく表現されていた。

その世界観は、『注文の多い料理店』の「序」では、子どもにも理解できるやさしい言葉で告げられる。

わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
(中略)
わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾いくきれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。

ここでは、「すきとおった」という言葉が最初と最後に出てくることに注目しておきたい。その言葉は、賢治の世界がその本来の姿を現すことを示すマジック・ワードなのだ。

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