
サルトルの哲学や文学を理解するために「実存主義」について調べてみても、特殊な言葉で説明されているために、よく分からないことが多い。
人間の実存、つまり理性や科学によって明らかにされるような事物存在とは違って、理性ではとらえられない人間の独自のあり方を認め、人間を事物存在と同視してしまうような自己疎外を自覚し、自己疎外から解放する自由の道を発見していこうとする立場をいう。
事物存在、人間独自のあり方、自己疎外といった用語が組み合わされているこの定義も、分かる人にだけ分かるといった類のものではないだろうか。
ここではもう少し具体的にサルトルの思考に寄り添い、「実存」という言葉を使うことで、サルトルが私たちに何を訴えかけようとしたのか考えてみよう。
(1)意識は常に何かの意識

私たちは、一匹の猿を見ればそれが猿だと分かる。そしてそれがごく自然なことだと思っている。
しかし、よく考えてみると、猿だと分かるためには、「猿」とは何かを予め知っている必要がある。予め知識がなければ、それが何かは分からない。
そのことに気付くと、私たちが「現実」として捉えるものは、「猿」とか「人間」などの言葉でレッテル付けされていることが分かってくる。










