清岡卓行  ミロのヴィーナス 解読からリテラシーへ 2/2

清岡卓行の『手の変幻』(美術出版、1966年)に収められた「腕失われた両腕――ミロのヴィーナス」が高校の国語教科書にしばしば採用されていることから、「1/2」では、その文章に書かれている内容をできるかぎり綿密に読み解く過程を示してきた。それは、高校生だけでなく、一般の読者にとっても読解の出発点となるものだからである。
清岡卓行  ミロのヴィーナス 解読からリテラシーへ 1/2

しかし、読解はそこで終わるわけではない。
文章の内容を理解したうえで、その考え方や前提そのものを問い直してみることもまた、読解の重要な営みだからである。ここでは、そのような批判的な読みの力を「リテラシー」と呼ぶことにする。

現代社会では、さまざまな情報が絶えず流れ続けている。その中で、リテラシーを身に付け、言葉の背後にある前提や価値観を吟味し、一人ひとりが主体的に考える力を養っていくことが求められている。

リテラシーの第一歩となるのは、「疑う力」である。

(1)疑う力

16世紀フランスの思想家モンテーニュは、「愚か者だけが、確信し、決めてかかるのです」と書いているが、まずは疑問に思うこと、別の考えを思い浮かべることが出発点となる。

「失われた両腕――ミロのヴィーナス」は、次の一節で始まる。

ミロのヴィーナスを眺めながら、彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだと、僕はふと不思議な思いにとらわれたことがある。

腕がないにもかかわらず、ミロのヴィーナスは美の代表と見なされる。その一般的な認識を踏まえながら、清岡は逆説的に、両腕がないことこそが魅力の源泉だと語る。
そして、読者である私たちは、詩人・小説家でもある清岡の巧みな言葉の力もあって、思わずその考えに引き込まれていく。

しかし、本当に腕の欠如が魅惑を生み出しているのだろうか。その「疑い」は、他のヴィーナス像やギリシア彫刻を思い浮かべると、自然に湧き上がってくる。

ヴィーナスという名前を聞いて、私たちの多くが思い浮かべるもう一つの姿は、ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」だろう。では、このヴィーナスから腕を取り去れば、その方が魅力的だと言えるだろうか。

「ヴィーナスの誕生」の美しさに心を動かされてきた人間にとって、少なくともボッティチェッリの絵画においては、腕を欠如させた方が魅惑的だとは言えないだろう。

また、メディチ家のヴィーナスやアルルのヴィーナス、そしてベルヴェデーレのアポロンのように、腕の表情や身ぶりが作品の印象を大きく支えている古代彫刻の傑作を前にして、両腕が欠けていた方が魅力的だという説に納得がいくだろうか。

エッセイの終盤になると、清岡は、腕ではなく他の部分が欠けている場合には、同じような感動は生まれないと主張する。

ここで、別の意味で興味があることは、失われているものが、両腕以外の何ものかであってはならないということである。両腕でなく他の肉体の部分が失われていたとしたら、僕がここで述べている感動は、恐らく生じなかったにちがいない。

しかし、この主張に対しては、さらに根本的な疑問が浮かぶ。

ルーブル美術館に入ったことがあれば、入り口の階段を上った先で最初に出会うのは、「サモトラケのニケ」だ。

この像では、腕だけではなく頭部も失われている。そして腕に関しては、その欠如を補うかのように大きな翼が左右に広がっている。したがって、私たちが強く欠如を意識するのは、むしろ勝利の女神ニケの頭部である。

前方へ一歩踏み出した体の動き、大きく広げられた翼、風を受けて体にまとわりつく薄い衣のひだは、この像に圧倒的な動的美を与えている。そこから受ける感動は、決して「失われているものが、両腕以外の何ものかであってはならない」という考えには収まりきらない。

このように他の作品との比較を通して考えてみると、ミロのヴィーナスが「両腕を失っていなければならなかった」という清岡の言葉に、読者は自然と疑問を抱くことになる。

しかし、それにもかかわらず、私たちはその言葉に強く引きつけられてしまう。その理由はどこにあるのだろう。

(2)「無」の美学 — 意識せず共有する日本の文化的基盤

日本では、飛鳥・奈良・平安の時代から、すでに「無」や「失われゆくもの」に対する強い関心を示してきた。「あはれ」の感情に代表されるように、人々は移ろいゆくもの、はかないものに心を寄せ、それを和歌などによって表現してきた。やがて失われていく「有」を見つめながら、その向こうにある「無」に豊かな可能性を感じ取る感受性を育んできたのである。

こうした傾向は、西欧文化に比べて日本文化においてとりわけ顕著である。古代ギリシア以来の西欧的伝統では、完成された形や実体として存在するものに価値が置かれることが多い。それに対して日本では、何もない空間や失われたものの中にこそ、かえって豊かな意味や可能性を見いだしてきた。

水墨画における余白、枯山水、ひなびた茶室、装飾を極限まで削ぎ落とした能舞台など、日本の美はしばしば「無」を原点としている。
無の美学 禅と日本的美 序
無の美学 禅寺と枯山水
無の美学 能と幽玄の美
無の美学 茶の湯と「本住地」
無の美学 水墨画と余白の美

こうした文化的伝統は、私たちの中に自然に組み込まれている。そして、私たちはそれを特に意識することはないが、その影響は感受性だけでなく思考のあり方にも及んでいる。
だからこそ、「無」と「有」を対比した次のような文章を、ほとんど抵抗なく受け入れるのである。

一方にあるのは、おびただしい夢をはらんでいる無であり、もう一方にあるのは、たとえそれがどんなにすばらしいものであろうとも、限定されてあるところのなんらかの有である。

ここでは、「無」は無限であるがゆえに「おびただしい夢」を内蔵するものとして描かれている。それに対して「有」は有限であり、「限定」された存在として位置づけられる。


この発想は、「無」に積極的な価値を認める考え方である。西欧の伝統的な価値観とは必ずしも一致しないにもかかわらず、私たちがその言葉に深くうなずき、自然に受け入れてしまうのは、日本文化の中で培われてきた感性が背景にあるからだろう。

しかも、その文化的基盤は、エッセイの書き手と読み手の双方に共有されている。そのため、私たちはそれを特別な思想として意識することなく受け入れている。

そのことに気づくと、彫刻について語る文章の中で、「無」、すなわち「両腕の欠如」が次々と美しい言葉によって語られていることにも、改めて目が向く。

ふと気づくならば、失われた両腕は、ある捉え難い神秘的な雰囲気、いわば生命の多様な可能性の夢を深々とたたえている。つまりそこでは、大理石でできた二本の美しい腕が失われた代わりに、存在すべき無数の美しい腕への暗示という、不思議に心象的な表現が思いがけなくもたらされたのである。

「捉え難い神秘的な雰囲気」「生命の多様な可能性の夢」「存在すべき無数の美しい腕への暗示」「不思議に心象的な表現」といった魅惑に満ちた言葉の数々は、すべて「無」から発生してくる。
そのことに深く疑問を抱くことなく、私たちは心地よくそれらの言葉を受け取り、ミロのヴィーナスの美の秘密をそっと教えられたような気持ちになる。

部分的な具象の放棄による、ある全体性への偶然の肉薄であるようにも思われる。 

この一節における「部分の放棄」と「全体性」の対比についても同様である。ここでも、「放棄」されたもの、すなわち「無」が、かえって「全体」へとつながるという発想が示されている。そして私たちは、その論理をほとんど違和感なく受け入れる。

このように、「無の美学」という文化的基盤を確認してくると、「魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかった」という清岡卓行の言葉に対して、私たちがつまずくことなく、むしろ最初から積極的に賛同し、共感してしまう理由も見えてくる。

別の角度から言えば、「なぜ?」と問いを発することによって、私たちは普段は意識していない文化的な基盤の存在に気づくことができるのである。

(3)ミロのヴィーナスは本当に美しいのか?

ミロのヴィーナスは美しい。清岡は最初からその前提で話しているし、私たち読者も、その像が美しいという考えをいつの間にか共有している。

では、本当にミロのヴィーナスは美しいのだろうか。

ルーブル美術館の日本語版ホームページには、ミロのヴィーナスについて次のような案内文が掲載されている。

美し過ぎる故かビーナス像の誕生には、数奇な運命があった。 その発見は、1820年キュクラデス諸島の南西メロス島でのこと。 ギリシア人のある農夫が掘り出した2個の石に興味を抱いた若いフランス人オリヴィエ・ヴーティエが、 さらに他の断片を農夫に探して貰ったところ合計6個の断片が発掘された。 そしてそれらをパズルのように組み合わせた彼らは、やがて上半身裸体の美しい女性像と遭遇することとなる。 以後、このビーナス像は、その所有権をめぐって、 さまざまな逸話を残しながら人々の手から手へ受け継がれてきた。初の所有者となったリヴィエール侯から、ルイ十八世へ。 そしてまたルーブルへ。 さらに1964年、愛すべき像は日本にもやってきた。ビーナスを一目見ようと数百万の人々が殺到したという。 安住の地を得た現在、誰にも束縛されることなく、その大理石の像は世界中の人々を魅了している。

ここでも、ヴィーナス像は「美しく」、あるいは「美し過ぎ」、世界中の人々を魅了する存在として語られている。こうした記事からうかがえるのは、「ミロのヴィーナスは美しい」という共通理解がすでに成立しており、「どこが美しいのか」「なぜ美しいのか」といった説明は、その結論を補強するために後から与えられるものだとさえいえることである。
まず「美しい」という評価が共有され、その理由は後から語られる。その傾向は、1964年当時も現在も、大きく変わっていないといっていいだろう。

ホームページの解説でもう一つ注目すべきなのは、この彫刻が1964年に日本で公開されたという事実である。
最初に触れたように、「失われた両腕――ミロのヴィーナス」を含むエッセイ集『手の変幻』の出版は1966年である。この時期的な近接を考えると、清岡卓行が1964年の来日展で実際に像を見た可能性は高い。

展覧会は国立西洋美術館と朝日新聞社の主催で行われ、輸送は日本通運が担当した。

少し横道に逸れることになるが、日本通運の資料によれば、東京と京都を合わせた入場者数は約172万人である。ルーブル美術館の日本語版ホームページにある「数百万の人々が殺到した」という表現は、やや誇張を含んでいるのかもしれない。

また、展覧会に合わせて『アサヒグラフ』増刊号で「ミロのビーナス」特集が組まれるなど、当時の日本社会では大きな文化現象となった。

ミロのヴィーナスがフランス国外へ貸し出されたのはこの一回だけであり、例外中の例外が実現したのは、1964年の東京オリンピック開催を記念してのことだった。

こうした状況を考えると、当時の日本で人々がミロのヴィーナスに熱狂し、その熱気の中で清岡卓行が像についてのエッセイを執筆したであろうことは、十分に想像できる。別の角度から見れば、この時点ですでに「ミロのヴィーナスは美の代表的な作品である」という共通理解が成立していたといえる。

実際、『アサヒグラフ』増刊号に掲載されている対談の中には、「シロウトがみても、あの美しさはわかるものですよ。難解のものじゃない」とか、「ヨーロッパ、とくにフランスでは、美人コンテストは非常に楽だ、といわれますね。つまり、「ミロのビーナスに比べてこうだ」ということになる(笑い)。それほど「ミロのビーナス」は美の標準になるわけなんです」といった言葉が見られる。

また、その美しさを説明する言葉についても、当時すでに広く共有されたイメージが存在し、清岡卓行も独自の視点を提示する一方で、そうした一般的な理解を前提としている。例えば、彼は次のように述べる。

その顔にしろ、その胸から腹にかけてのうねりにしろ、あるいはその背中の広がりにしろ、どこを見つめていても、ほとんど飽きさせることのない均整の魔がそこにはたたえられている。

古代ギリシア以来、西洋の美の基準として重視されてきたものの一つが、「均整」、すなわちプロポーションである。そして、ミロのヴィーナスはその理想を体現した作品であるという考え方が広く流通していたからこそ、1964年の日本でも大きなブームを巻き起こしたのである。

しかし、「ミロのヴィーナスは美しい」という共通理解は、決して自明の真理ではない。近年の美術史研究を見ると、その評価は必ずしも一枚岩ではないことがわかる。

例えば、美術史家の中には、古代彫刻としては「サモトラケのニケ」の方をより高く評価する見解もある。
その立場では、ミロのヴィーナスが特に貴重視されるのは、クラシック期からヘレニズム期(紀元前5世紀から紀元前1世紀)に制作された等身大以上のヴィーナス像の原作の中で、頭部が残っている数少ない例だからだとされる。つまり、歴史資料としての価値と、美術的傑作としての評価は、必ずしも同じではないということである。

別の研究者は、ミロのヴィーナスを古代ギリシア美の完成形として高く評価している。そして、その理由として、次の三点が挙げられている。
1:「部分と全体の調和」— 頭部、上半身、腰、両脚が明確に区分されながらも、全体として統一感が保たれていること。
2:「動きを感じさせるポーズ」—右脚に重心を置き、左脚を前に踏み出す姿勢が、身体のねじれと呼応して生き生きとした動きを生み出していること。
3:「意匠の線の美」—身体を包む衣の線が、造形全体に優雅なリズムを与えていること。

こうして見ると、「美しい」という判断を客観的に証明することがいかに難しいかがわかる。

清岡も、エッセイの中でミロのヴィーナスの美を論証してはいない。むしろ彼は、「ミロのヴィーナスは美しい」という共通理解を前提として受け入れ、その上に議論を築いているのである。その方が読者の同意を得やすく、文章としてもはるかに強い説得力を持つからだ。

そして、その共通理解を土台にしながら、清岡はさらに日本的な美意識、すなわち「無の美学」というもう一つの文化的基盤を援用し、「両腕が欠けていること」に焦点を当てたのだった。

このように見てくると、「魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかった」という清岡の主張は、読者との間にすでに共有された文化的基盤があったからこそ説得力を持ち、多くの読者に受け入れられたことがわかってくる。

(4)「生の哲学」 — 心身相関

では、ミロのヴィーナスの美を腕の欠如に見ることから出発して、清岡はどこを目的地としていたのだろうか。両腕のないことが無限の腕の可能性を暗示するという指摘は魅力的だが、そのことを通して何を語ろうとしているのだろうか。

清岡は、ヴィーナスの美の源泉は両腕の欠如にあるとし、「無」が「神秘的な雰囲気」や「生命の多様な可能性の夢」を可能にするという議論を展開してきた。そして結論部に至ると、焦点は「手」へと移り、手は「人間存在における象徴的な意味」を持つと語られる。

腕というもの、もっと切り詰めて言えば、手というものの人間存在における象徴的な意味について、注目しておきたいのである。それが最も深く、最も根源的に暗示しているものはなんだろうか?ここには、実体と象徴のある程度の合致がもちろんあるわけだが、それは、世界との、他人との、あるいは自己との、千変万化する交渉の手段である。言い換えるなら、そうした関係を媒介するもの、あるいは、その原則的な方式そのものである。

この一節は、厳密な論理によって展開されているというよりも、連想的で暗示的な言葉によって構成されている。

「人間存在における象徴的な意味」という表現は、続いて「最も深く、最も根源的に暗示しているもの」という言い方へと移っていく。そして、その答えとして「世界との、他人との、あるいは自己との、千変万化する交渉の手段」が示され、さらに「そうした関係を媒介するもの、あるいは、その原則的な方式そのもの」という表現へと展開される。

しかし、「交渉の手段」とは何か、「原則的な方式」とは何かについて、十分な説明は与えられていない。かろうじて「実体と象徴」という言葉が挿入されているために、「交渉」「関係」「方式」といった語が、実体としての手と、その象徴的意味とを結び付けるものなのだろうと推測できる程度である。

では、そのことによって清岡は何を言おうとしているのだろうか。その手がかりは、この後に続く哲学者や文学者の言葉の引用の中にある。

だから、機械とは手の延長であるという、ある哲学者が用いた比喩はまことに美しく聞こえるし、また、恋人の手を初めて握る幸福をこよなくたたえた、ある文学者の述懐は不思議に厳粛な響きを持っている。どちらの場合も、極めて自然で、人間的である。

ここで言及される文学者とはスタンダールであり、手と幸福の関係については、『恋愛論』第32章冒頭の言葉を指していると考えられる。そこには、「恋愛が与えてくれる最も大きな幸福、それは愛する女性の手を初めて握りしめることだ」と記されている。

これは、手を握るという「実体」が、幸福という「象徴」を生み出す「方式」だと理解することもできるだろう。

一方、哲学者については特定が難しい。「機械とは手の延長である」というフレーズは、ある特定の思想を要約した表現として受け取った方がいいだろう。

時に、道具や機械によって人間の能力が拡張されるという機械進化論を展開したイギリスの作家サミュエル・バトラーや、道具や機械は人間の身体器官の機能や構造を外部へ投射したものだと考えたドイツの哲学者エルンスト・カップの名が挙げられることがある。

しかし、ルーブル美術館からやって来たミロのヴィーナスという主題や、スタンダールへの言及との連続性を考えると、ここで最も想定しやすいのは、フランスの哲学者アンリ・ベルクソンである。
実際、人間が作り出す道具や機械は身体機能の延長であり、とりわけ手の延長として理解できるという発想は、『創造的進化』の中にも見いだすことができる。

その解釈についてここで詳しく立ち入ることはできないが、一言で言えば、ベルクソンは世界を固定された「物質」の集合ではなく、絶えず生成し変化し続ける「生命」の運動として捉えようとした哲学者である。
そして、生命の根源的な創造力である生命の飛躍(エラン・ヴィタル)が外へ向かって展開していく過程の中で、人間の知性が道具や機械を作り出したと考えた。

その視点から見ると、「機械は手の延長である」という言葉は、人間が作り出す道具や機械もまた、生命の創造的な働きの延長として理解できることを意味する。そして、人間と世界との関係は固定されたものではなく、絶えず変化し続ける生命の運動の中に位置付けられるのである。

こうしたベルクソンの思想は、日本文化に親しんだ人間にとってはどこか馴染み深く感じられるかもしれない。しかし、物質文明が発展した近代西欧においては、きわめて革新的な思想だった。

そのことを理解するために、少しだけ古代ギリシアの哲学者プラトンの対話篇『アルキビアデスⅠ』の議論を振り返ってみよう。

ソクラテスは、靴職人が靴を作る際に革切り小刀という道具を使うこと、そして職人自身も手や目を使って作業することを指摘する。そして、「使われるもの」と「それを使う者」は別であることを確認する。
その区別は、次に、手や目といった身体の器官と、それらを使う主体との区別へと進む。つまり、身体は主体によって用いられる道具にすぎないということになる。
では、その身体という道具を使っているのは誰なのか。その答えとして示されるのが魂(プシュケー)である。
その結果、人間の本質は魂であり、肉体はそのための道具にすぎないという結論が導かれる。
すなわち、人間とは本質的には魂であるという考え方であり、魂と身体を区別するこの発想は、その後の西欧哲学に大きな影響を与えた。

ベルクソンの「生の哲学」は、まさにこのプラトン以来の思想的伝統に対して異議を唱えるものだった。彼は精神と物質を切り離して考えるのではなく、人間を含む世界全体を生命の創造的運動として捉えようとしたのである。

清岡卓行がどこまでこうした哲学的議論を意識していたのかはわからない。しかし、彼がミロのヴィーナスの両腕の不在から導き出した「生命の多様な可能性の夢」や「存在すべき無数の美しい腕への暗示」といった表現は、ベルクソン的な生命観と深く響き合っているように思われる。

少なくとも、両腕の欠如を単なる喪失としてではなく、新たな可能性を生み出す契機として捉える視線の背後には、固定された完成形ではなく、生成し続ける生命そのものを肯定しようとする思想の気配を感じ取ることができるだろう。

そして、ベルクソンの思想を多少なりとも理解すると、「人間存在における象徴的な意味」、「実体と象徴のある程度の合致」、「世界との、他人との、あるいは自己との、千変万化する交渉」といった抽象的な表現が指し示しているものも見えてくる。それらは、世界が物質と精神に二分されるのではなく、人間も他者も事物も、すべてが生命の流れの中で相互に結び付いているという感覚を表現したものだと考えられる。

そして、そのような世界観こそが、清岡卓行にとっては「極めて自然で、人間的」なものだったのである。

(5)リテラシー 読む力

ミロのヴィーナスを話題にする場合、美しさと同じくらい必ず語られることがある。それは失われた腕の復元についてである。『アサヒグラフ』増刊号では、復元案の紹介とともに、復元図も掲載されている。

その例に漏れず、清岡卓行も復元について、左手にリンゴを持ち、支柱にもたれかかっている案(フルトヴェングラーの復元案)や、手に盾や笏を持っている案、入浴後の姿態とする案、一人ではなく群像の一部だったとする案などを紹介している。

その上で、彼はそうした案をすべて拒否する。腕の欠如こそが美の源泉であり、「失われていること以上の美しさを生み出すことができない」というのが、その理由である。

僕は、そうした関係の書物を読み、その中の説明図を眺めたりしながら、恐ろしくむなしい気持ちに襲われるのだ。選ばれたどんなイメージも、既に述べたように、失われていること以上の美しさを生み出すことができないのである。もし真の原形が発見され、そのことが疑いようもなく僕に納得されたとしたら、僕は一種の怒りをもって、その真の形を否認したいと思うだろう、まさに、芸術というものの名において。 

両腕が失われる以前の「真の原形」は、ミロのヴィーナスを制作した芸術家が構想し、実現したものにほかならない。それさえも拒否するという清岡の姿勢は、失われたものに心を奪われるロマン主義的な感情ともいえるし、「無の美学」と考えることもできるだろう。

しかし同時に、制作者の意図を超えて、清岡卓行という鑑賞者の実感を優先させる姿勢は、「読む」という行為に関する興味深い視点を提供している。
つまり、作家や詩人の提示する作品をどのように読むのか、という問題である。

一般に作品を読む場合、読者は作者の意図を探ろうとし、その意図こそが正解だと考えられがちである。ミロのヴィーナスでいえば、制作者は腕も含めて像を完成させたのであり、その完成された像こそが本来の作品である。

それに対して清岡は、両腕が不在の像こそが、彼にとってのミロのヴィーナスだと言う。そのことは、文学作品の場合であれば、作家が作品に込めた意図だけではなく、読者の「読み」が重要な意味を持つことを示している。

こうした解釈は、20世紀後半の文学批評において主張された読者論とも並行関係にある。
例えば、フランスの批評家ロラン・バルトは、「作者の死」という有名な表現のもとで、解釈を作者の意図から解放した。

バルトによれば、作家とは言葉を書き記す媒介にすぎず、書かれた言葉(テクスト)は作者の手を離れて独立した存在となる。つまり、作者は作品の絶対的な解釈者ではなくなり、象徴的な意味で「死ぬ」のである。
一方、読者は自らの経験や知識をもとに自由に作品を意味づけ、享受する。
その結果、作品は作者の意図という「一つの正解」に縛られることなく、多様な解釈が共存する空間となる。そこに生まれるのが「解釈の多様性」である。

はたして清岡卓行の頭の中に、こうしたバルト的な解釈論があったかどうかは分からない。しかし、「解釈の多様性」という側面に目を向けるならば、『失われた両腕――ミロのヴィーナス』を締めくくる次の言葉との対応は明らかである。

そして、例えばこれらの言葉に対して、美術品であるという運命を担ったミロのヴィーナスの失われた両腕は、不思議なアイロニーを呈示するのだ。ほかならぬその欠落によって、逆に、可能なあらゆる手への夢を奏でるのである。

「可能なあらゆる手への夢を奏でる」という言葉は、彫像を前にした観客が、自らの美的経験や美意識に基づいて自由にミロのヴィーナスを享受する可能性が、無限に開かれていることを意味している。
そして、そうした発想との連続性を考えるならば、それ以前の論考においても、清岡は「生命の多様な可能性の夢」「生命の変幻自在な輝き」「千変万化する交渉」といった表現を用いながら、多様性や変化の価値に繰り返し目を向けていたと考えることができる。

このように、「見る」ことに関しても、「読む」ことに関しても、主導権は制作者から観客へ、作者から読者へと移行していった。そうした思想は、20世紀後半の思想や文学批評において盛んに語られた。

21世紀に入って広く用いられるようになった「リテラシー」という用語も、その流れの中で理解することができる。元来は読み書きの能力を意味する言葉だったが、現代では、情報を的確に読み解き、それを活用するための能力を指すことが一般的である。
そして、その中心にあるのは「情報を的確に読み解く」ことである。情報の内容を適切に理解できなければ、それを正しく活用することもできないからだ。

ここでとりわけ注意したいのは、情報の意味を的確に読み取るとは、単に発信者のメッセージをそのまま受け入れることではない、ということである。言い換えれば、発信者が意図したとされる「唯一の正解」を探し当てることはない。
それは、言うなれば、両腕の付いたミロのヴィーナスの姿を追い求めたり、テクストの意味を作者の意図だけに還元したりする読み方である。清岡卓行は、そうした鑑賞や解釈に対して、「恐ろしくむなしい気持ちに襲われる」と述べていたことを思い出したい。

もちろん、「リテラシー」においても、発信者の意図を理解することは重要である。しかし、それだけで情報を理解したことにはならない。なぜなら、どのような情報も特定の立場や価値観のもとで発信されており、その意味や妥当性は受信者自身が吟味しなければならないからである。

情報の内容を的確に把握し、それに振り回されないためには、まず情報の根拠を探り、多様な解釈や読解の可能性が開かれていることを意識する必要がある。その上で、受信者自身が主体的に判断を下さなければならない。

その第一歩は「疑うこと」である。そして、多様な知識や視点を動員しながら情報を検証することが求められる。そうすることで、その情報がどのような根拠に基づいているのか、発信者が何を意図しているのかだけでなく、その背後にはどのような前提や価値観が存在しているのかを考えることができる。そして、その考え方や価値観を受け入れるべきかどうかを、受信者自身が判断するのである。

ミロのヴィーナスの失われた両腕が、見る者に「可能なあらゆる手への夢」を開いたように、私たちの前にある情報もまた、一つの解釈や価値観に還元されるものではない。だからこそ私たちは、情報の内容を理解するだけでなく、その背後にある前提や価値観を吟味し、多角的な視点から問い直しながら、自らの判断を形成していく必要がある。

そうした一連の作業を「リテラシー」と呼ぶのであれば、その能力を育成することは、情報化社会を生きる私たちにとって必要不可欠な課題だといえるのではないだろうか。


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