ロンサール 「あなたが年老い、夕べ、燭台の横で」 Pierre de Ronsard « Quand vous serez bien vieille, au soir, à la chandelle » 

Pierre de Ronsard

ピエール・ド・ロンサールが1587年に発表した『エレーヌのためのソネット集(Sonnets pour Hélène)』には、とても皮肉な恋愛詩が収められている。
それが、「あなたが年老い、夕べ、燭台の横で」。

このソネットのベースに流れているのは、「今を享受すること」を主張する思想。だからこそ、詩人は、自分の愛に応えて欲しいと、愛する人に願う。

ロンサールは、ソネットの二つのカトラン(四行詩)と最初のテルセ(三行詩)の中で、動詞の時制が未来形に置かれ、「あなたが年老いた時」のことを描き出す。その時には、あなたの美は失われ、暗い夕べの中で過去を懐かしみ、後悔するだろう、と。

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モーリス・セーブ 見ないでいるほど、憎くくなる Maurice Scève « Moins je la vois, certes plus je la hais » 愛は最も崇高な美徳

モーリス・セーブは、16世紀フランスを代表する詩人。
1544年に出版された、『デリー 最も崇高な美徳の対象(Délie, objet de la plus haute vertu)』は、Délie(デリー)と呼ばれる女性(実際の名前は、Pernette du Guillet)への愛を歌った詩集。

ただし、Délieは、L’Idée(イデア)のアナグラムでもあり、イタリアの思想家マルシリオ・フィチーノを経由したネオ・プラトニスムや神秘主義的な思想が、ペトラルカ的な恋愛詩を通して表現されているとも言われる。

Diane chasseresse
Gustave Moreau, Une effroyable Hécate

Délieは、ギリシア神話の女神ダイアナ(Diane)とヘカテー(Hécate)の別名でもある。
ダイアナは、狩りと月の女神で、男を寄せ付けない。
ヘカテ—は、夜と死の女神であり、冷酷で残忍な女性性を体現する。
従って、デリーを愛することは、苦悩や苦痛の源になる。

しかし、死に匹敵する苦しみを蒙りながら、それを超越することで、愛は甘美なもの(délice)となる。
そこに最も崇高な美徳(la plus haute vertu)がある。

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ルイーズ・ラベ 「私は生き、私は死ぬ」  Louise Labé « Je vis, je meurs » 愛(アムール)とは何か?

Louise Labé

ルイーズ・ラベは、16世紀半ばにリヨンで活動し、ルネサンス期のフランスを代表する詩人の一人。

彼女の代表的な詩「私は生き、私は死ぬ(Je vis, je meurs)」は、イタリアの詩人ペトラルカに由来するソネットの詩型を用い、愛(Amour)とは何かを歌っている。

2つの四行詩(カトラン)では、私(je)を主語にして、私がある矛盾した感情や感覚に捉えられることが語られる。

Angelo Bronzino, Allégorie du triomphe de Vénus

3行詩(テルセ)に移ると、私を捉えていたものが愛(Amour)であることが最初に示される。
そこでは、主体は愛になり、私は愛という行為が働きかける対象(me)であることが示される。

そのようにして、14行のソネット全体を通して、愛とは何かという謎解きが行われていく。

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ジョアシャン・デュ・ベレー 「一生が一日よりも短いならば」 Joachim du Bellay « Si notre vie est moins qu’une journée » プラトニック・ラブの神話

ジョアシャン・デュ・ベレー(Joachim du Bellay)は、プレイアッド派の中心的なメンバーの一人。
イタリアの詩人ペトラルカが用いたソネット形式と、プラトン哲学に基づく愛の概念をフランスに導入することに、大きな役割を果たした。

ソネット(sonnet)は、2つの四行詩(Quatrain)と2つの三行詩(Tercet)の、14行からなる詩の形式。
韻に関しても、最初の8行はabba abba、次の6行は、cde cde、cdc cdc、cdc dcdなど、基本的な形が決められていた。

ペトラルカは、ソネット形式を用いて、ラウラと呼ばれる女性に捧げた恋愛抒情詩を書き、イタリアだけではなく、16世紀フランスの詩人たちに圧倒的な影響を与えた。

恋愛を歌うことは、人間的な自然な感情の表現であると思われるかもしれない。しかし、古代の文藝を再評価したルネサンスの時代には、哲学者プラトンから出発した愛の神話 — プラトニック・ラブ — を歌うことでもあった。

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Carpe diem カルペ・ディエム 今を生きる

Carpe diem(カルペ・ディエム)とは、ラテン語で、「今日という日(diem)を摘め(carpe)」の意味。
そこから、「今を生きる」とも言われる。

この言葉は、古代ローマの詩人ホラティウスの詩の一節に由来し、二つの意味に解釈されることがある。

(1)今を充実させて生きる。
その意味では、Carpe diemは、「今を生きる」ことを勧める格言と解釈できる。

(2)後先を考えるよりも、今のことだけを考える。
この場合、後先のことを考えず、今さえよければいいといった、短絡的で快楽主義的な考え方の表現として解釈していることになる。

実は、Carpe diemと似た表現がラテン語にある。
collige, virgo, rosas
摘め、乙女よ、バラを。
この詩句で摘むものは、日ではなく、バラの花。

では、美しいバラの花を摘む幸せを手に入れるためには、Carpe diemを、(1)か(2)の、どちらの解釈をする方がいいのだろう。

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フランソワ・ラブレー François Rabelais 『パンタグルエル物語』と『ガルガンチュア物語』教育論と理想世界

フランソワ・ラブレーは16世紀前半を代表する作家というよりも、フランス文学全体を通して最も重要な作家の一人。
残念ながら、16世紀のフランス語は現代のフランス語とかなり違っていて、容易に読むことができない。従って、ラブレーのフランス語のテクストをそのまま読み、解読してしていくことは難しい。

ここでは、ラブレーの教育論と理想世界について、核になる言葉を取り上げて、概要を見ていくことにする。
ポイントになるのは、二つの言葉。
« science sans conscience n’est que ruine de l’âme. »
« Fais ce que voudras.»

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レオナルド・ダ・ヴィンチ モナ・リザの謎 Mystères de La Joconde de Léonard de Vinci

ダ・ヴィンチの「モナリザ」は、世界中で一番有名な絵画といえるだろう。
しかし、ルーブル美術館で本物を見たとしても、なぜこの絵画がそれほど人々を惹きつけるのは、正直なところよくわからない。

絵そのものをじっくりと見つめるだけで美を感じられればいいのだろうけれど、眉がなく、顔と肩から下の身体のバランスが少し変で、手が異常に大きい女性の姿をみて、美しいとすぐに言うことはできない。

謎の微笑みと言われる顔の表情も、微笑んでいるのか、こちらを見つめているのか、はっきりしない。

そうしたわからなさに惹きつけられて、モナ・リザの謎を探ってみよう。

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ヴィクトル・ユゴー 「影の口が言ったこと」 Victor Hugo « Ce que dit la bouche d’ombre » 自然の中の人間

ヴィクトル・ユゴーは降霊術に凝っていて、回るテーブルを囲み、霊とモールス信号のような交信をしていたことが知られている。
「影の口が言ったこと」 の影の口(la bouche d’ombre)というのは、その霊の口だろう。
ユゴー自身のイメージでは、ドルメンなのかもしれない。彼が描いた絵が残っている。

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ピエール・ド・ロンサールのシャンソン ルネサンス期の音楽

16世紀のプレイアッド詩派の詩はしばしばメロディーをつけて歌われた。

ピエール・ド・ロンサールの「女性を飾る自然」« Nature ornant la dame »。
ポリフォーニーで歌われている。

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