カミュ 「異邦人」 Albert Camus L’Étranger ムルソーの裁判 Plaidoyer de l’avocat de Meursault

『異邦人(L’Étranger)』の第2部は、アラブ人を銃で撃ち、死なせてしまったムルソーの裁判と死刑になるまでが語られる。

裁判では、アラブ人を殺した動機と同時に、母の葬儀に際してのムルソーの態度が取り上げられ、検察や弁護士が、全てをある一定の論理に従って整理しようとする。
その一方で、ムルソーにとって、全てが自分とは関係のない出来事のように思われる。
そのズレは、裁判が社会通念に従い、不可解な生の出来事を一つの物語として組み立て直す作業だということを示している。

裁判官は、「なぜ?」という疑問に対する答えがなされることで、判決を下すことができる。納得がいく説明ができなければ、罪人として告発された人間を裁くことはできない。

ところが、ムルソーは、しばしば、「なぜかわからない」と応える。彼は、自分の行動を社会通念に合わせて説明しなおすことをしない人間なのだ。
そうした側面は、第一部では、母の葬儀に対する無関心な態度や、恋人マリーに愛しているかと問いかけられ、「わからない」としか答えない様子、理由もなく殺人をしてしまう行動などから、描き出されていた。

第2部では、裁判の場面を通して、ムルソーが対峙せざるをえない社会通念がより明確に浮かび上がってくる。

 L’après-midi, les grands ventilateurs brassaient toujours l’air épais de la salle et les petits éventails multicolores des jurés s’agitaient tous dans le même sens. La plaidoirie de mon avocat me semblait ne devoir jamais finir. À un moment donné, cependant, je l’ai écouté parce qu’il disait : « Il est vrai que j’ai tué. » Puis il a continué sur ce ton, disant « je » chaque fois qu’il parlait de moi. J’étais très étonné. Je me suis penché vers un gendarme et je lui ai demandé pourquoi. Il m’a dit de me taire et, après un moment, il a ajouté : « Tous les avocats font ça. » Moi, j’ai pensé que c’était m’écarter encore de l’affaire, me réduire à zéro et, en un certain sens, se substituer à moi. Mais je crois que j’étais déjà très loin de cette salle d’audience.

 午後、大きな扇風機が、法廷の重々しい空気を絶えずかき混ぜ、陪審員たちの持つ様々な彩りの小さな団扇は、みんな揃って同じ方向に動いていた。ぼくの弁護士の口頭弁論は、いつまでも終わらないのではないかと思われた。たまたま、ある時、彼の言葉に耳を傾けると、彼は、「本当に、私が殺したのです。」と言っていた。その後も、同じ調子で、ぼくのことを話す度に、「私」と言った。ぼくはとても驚いた。それで、警官の上に体を乗り出し、なぜと尋ねた。警官はぼくに静かにするように言ったが、その後で、こう付け加えた。「どの弁護士もそうするんだ。」その時に考えたことは、それがぼくをこの件からさらに遠ざけ、ぼくをゼロの状態にし、ある意味では、ぼくの代理になるということだった。でも、今思うと、もうそれ以前に、ぼくは法廷から遠くにいたと思う。

ムルソーは、自分の裁判であるにもかかわらず、法廷での告発と弁護のやり取りに興味を持たず、回りの様子を見て、ぼーっとしている。弁護士の弁護が永久に続くのではないかと思えるほど、長く感じられる。

そうした中で、弁護士(avocat)が、ムルソーのことを「弁護(plaidoirie)」する時、あたかも自分のことのように、「私(je)」を主語にして語っているのに気づく。つまり、弁護士がムルソーの「代理になる(se substituer)」。
その場面では、罪を犯した主体が弁護士になり、ムルソーはそれを眺める傍観者のように感じられる。あるいは、自分が存在せず、「ゼロになる(se réduire à zéro)」。

ムルソーは、そのことをはっきりと意識していて、法廷にいる時には、弁護士の言葉遣いのために事件から気持ちが離れたと思ったという。
しかし、実際には、それ以前からすでに気持ちは法廷から遠ざかっていたと自覚している。
彼は、法廷に対しても、事件そのものに対しても、主体的な関与をせず、異邦人として留まるのである。

D’ailleurs, mon avocat m’a semblé ridicule. Il a plaidé la provocation très rapidement et puis lui aussi a parlé de mon âme. Mais il m’a paru qu’il avait beaucoup moins de talent que le procureur. « Moi aussi, a-t-il dit, je me suis penché sur cette âme, mais, contrairement à l’éminent représentant du ministère public, j’ai trouvé quelque chose et je puis dire que j’y ai lu à livre ouvert. » Il y avait lu que j’étais un honnête homme, un travailleur régulier, infatigable, fidèle à la maison qui l’employait, aimé de tous et compatissant aux misères d’autrui. Pour lui, j’étais un fils modèle qui avait soutenu sa mère aussi longtemps qu’il l’avait pu. Finalement j’avais espéré qu’une maison de retraite donnerait à la vieille femme le confort que mes moyens ne me permettaient pas de lui procurer. « Je m’étonne, Messieurs, a-t-il ajouté, qu’on ait mené si grand bruit autour de cet asile. Car enfin, s’il fallait donner une preuve de l’utilité et de la grandeur de ces institutions, il faudrait bien dire que c’est l’État lui-même qui les subventionne. » Seulement, il n’a pas parlé de l’enterrement et j’ai senti que cela manquait dans sa plaidoirie. Mais à cause de toutes ces longues phrases, de toutes ces journées et ces heures interminables pendant lesquelles on avait parlé de mon âme, j’ai eu l’impression que tout devenait comme une eau incolore où je trouvais le vertige.

とにかく、弁護士が滑稽に思えた。彼は、挑発に関しての弁護をすごく早口でし、その後、ぼくの魂に言及した。でも、検事よりも才能がないように思えた。彼はこう言った。「私もまた、この魂の上に身を屈めました。そして、ご立派な検事とは反対に、なにがしかのものを見出しました。準備せずとも、彼の魂を読んだのだと言えます。」彼は、ぼくの魂の中で、ぼくが誠実な人間であり、律儀で、疲れることなく、職場に忠実で、みんなから愛され、他の人たちの悲惨な状況に心を寄せる労働者であることを読んだのだ。彼にとって、ぼくは、可能な限り長い間母親の面倒をみた、模範的な息子だった。最後までぼくが望んでいたことは、老人ホームで、年老いた母親に、ぼくの財産では許されないような居心地のよさを提供することだった。「みなさん、驚くべきことですが」と彼は付け加えた。「もしこうした施設の有用性と重要性の証拠が必要でしたら、国家自体が援助しなければならないと、言わなければなりません。」ただ、彼は埋葬の際のことは話さなかった。そのことが彼の口頭弁論に欠けていると、ぼくは感じた。こうした長い言葉や、これらの日々、ぼくの魂について話す間の終わりのない時間によって、ぼくには、全てが無色の水になったような印象だった。そこで、ぼくは眩暈に見舞われた。

弁護士は、ムルソーの魂を読んだ、しかも「準備もせず(à livre ouvert)」に読んだと主張し、ムルソーがいかに善良な人間であるかを長々と語る。

その内容は、善良な労働者、親孝行な息子とはこういうものだという社会通念に基づいたものであり、一般論から採ってきたもの。そうした紋切り型の言葉を、ムルソーに関連付けているにすぎない。
それが現実のムルソーと関係あるかないかは、問題ではない。陪審員たちにいい印象を与えることが目的なのだ。

他方、ムルソー本人は、自分の人柄を誉めながら、しかし不利になる埋葬の時の態度には触れない弁護士の言葉を聞き続けている間に、「眩暈(vertige)」がしてくる。
彼の言葉によれば、全てが「色のない水になった(comme une eau incolore)」ように感じられる。

「色のない水」という表現こそ、ムルソーの世界とは対極にある世界を、見事に言い表す表現ではないだろうか。
アルジェリアは輝く太陽の下で、全てが色彩に輝いている。ドラクロワは、アルジェリアで色彩を発見した。彼の絵画がそれを証明している。

その多色の世界が、裁判所のお決まりの弁論が延々と繰り返される中で、色を失う。それは生命が動きを失うこともでもある。
検事や弁護士が作り出す物語は、ムルソーの生きる現実とは関係のない、虚構の論理に基づく世界。
ムルソーの反応によって、裁判の世界の虚構性が浮き彫りにされる。

 À la fin, je me souviens seulement que, de la rue et à travers tout l’espace des salles et des prétoires, pendant que mon avocat continuait à parler, la trompette d’un marchand de glace a résonné jusqu’à moi. J’ai été assailli des souvenirs d’une vie qui ne m’appartenait plus, mais où j’avais trouvé les plus pauvres et les plus tenaces de mes joies : des odeurs d’été, le quartier que j’aimais, un certain ciel du soir, le rire et les robes de Marie. Tout ce que je faisais d’inutile en ce lieu m’est alors remonté à la gorge et je n’ai eu qu’une hâte, c’est qu’on en finisse et que je retrouve ma cellule avec le sommeil. C’est à peine si j’ai entendu mon avocat s’écrier, pour finir, que les jurés ne voudraient pas envoyer à la mort un travailleur honnête perdu par une minute d’égarement et demander les circonstances atténuantes pour un crime dont je traînais déjà, comme le plus sûr de mes châtiments, le remords éternel. La cour a suspendu l’audience et l’avocat s’est assis d’un air épuisé. Mais ses collègues sont venus vers lui pour lui serrer la main. J’ai entendu : « Magnifique, mon cher. » L’un d’eux m’a même pris à témoin : « Hein ? » m’a-t-il dit. J’ai acquiescé, mais mon compliment n’était pas sincère, parce que j’étais trop fatigué.

 最後に、思い出すのは、道から、そして審問室や法廷の空間全体を通して、弁護士が話を続けている間、アイスクリーム売りのトランペットの音が響き、ぼくのところまで届いていたこと。ぼくは、自分にはもう属していない人生の思い出に襲われた。でもその人生で、喜びの中でも、一番惨めなものとも、一番執拗なものとも、出会ったのだった。夏の匂い、好きだった町、夕方の空の一角、マリーの微笑みや服。その場所でぼくがした役に立たないこと全てが、喉元まで上って来た。とにかく早く、みんなが話し終わり、ぼくは独房に戻って眠りたかった。弁護士が、最後に、こう叫ぶのをほとんど聞いていなかった。陪審員の方々が、一人の誠実な労働者を死に送ることがありませんように。彼は、一瞬気が迷ったのです。ですから、情状酌量をお願いしてくださいますように。私は、すでに、最も確かな刑罰として、犯した罪の後悔を永遠に抱き続けています。法廷が審理を中断し、弁護士は疲れた様子で腰掛けた。彼の同僚たちがやって来て、握手した。ぼくには聞こえた。「すごくよかった。」 彼等の一人は、私も証人にしようとした。「そうじゃない?」と言ったのだ。ぼくは同意した。しかし、その誉め言葉は心からのものではなかった。ぼくはとても疲れていたのだ。

ムルソーは、弁論が続いている間、ぼーっとした意識の中で、色々なことを思い出す。
その思い出は、「喜び(joies)」の中でも、「一番惨めなもの(les plus misérables)」とか、「一番執拗なもの(les plus tenaces)」という印象を彼が持つもの。その矛盾した表現は、彼の複雑な心境を暗示している。
しかも、断片的で、繋がりがない。「夏の匂い、好きだった町、夕方の空の一角、マリーの微笑みや服」と、ただ単語が列挙されるだけ。
ムルソーの意識は、原因や論理性に従うのではなく、突発的に出現し、それが連続している。それは、直接的な生(vie)の流れだともいえる。

弁護士の方は、弁論の最後にやっとたどり着き、陪審員たちに「情状酌量(circonstances atténuantes)」してくれるように要求する。
その際、彼は、ムルソーの犯した罪(une crime)に関して、「彼」という代わりに、「私」を主語にする。
「私は後悔を永遠に抱き続けている(je traînais (…) le remords éternel)」と言い、弁護を終えるのである。

ムルソーの代理として、罪の軽減を願う弁護士の言葉は、それほど真に迫っていた。
被告は、殺人の動機を尋問され、「太陽が眩しかったから。」と答えた。
その答えに説得力はなく、彼は理由を隠しているか、変な奴だとして思われない。実際、母の埋葬の時も感情を表さない非人間的な変わり者だと見なされている。
こうした判断の背後には、肉親の葬儀の際の振る舞いにはコードがあり、殺人にはそれなりの理由があるという、暗黙の了解がある。

ムルソーはその了解に従った行動をしない。しかし、それでは、裁判で有利な判決を引き出すことができない。
それに対して、弁護士は、情状酌量を得られる論理を組み立て、誰もが納得できる言葉を連ね、社会通念に基づいて誰もが期待する理由や反省を提示する。
彼の同僚たちが弁護を評価するのは、「真実」を証明したからではなく、誰もがそうだと納得できる物語を巧みに作り上げたからだ。

ムルソーは、弁護がよかったという彼等の言葉に同意する。それは、裁判に来るためにアルジェから乗ったバスの中で、隣の軍人にした返事と同じように、会話を打ち切るためでしかない。

『異邦人』の裁判の場面は、死刑を下されるかもしれない審理に無関心な彼の姿を浮かび上がらせることで、ムルソーの奇妙な人物象をますます際立たせる。

しかし、それと同時に、裁判とは、「なぜ?」という質問に対して、人々がなんとなく抱いている社会通念に適合した原因を探し出し、一般的に納得できる物語を紡ぎ出す制度である、ということがわかってくる。
こちらの立場に立てば、その物語が真実であり、現実を解明すると見なされる。

ムルソーは、その「現実」に違和感を感じ、馴染まない。
しかし、あえて反抗することもなく、関係を持たなくていいように、とりあえずouiと答えておく。
だからこそ、彼と世界の並行関係は続く。そこで、ムルソーは異邦人のまま留まる。


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