ランボー 「酔いどれ船」 Rimbaud « Le Bateau ivre » 5/7 言葉で遊ぶ

幸福感

難破は悲劇だけれど、しかし、束縛から逃れ、自由になることでもある。疲れ果てることもあるが、美と遭遇し、癒やしを感じることもある。
第15詩節では、ランボーの筆から、肯定的な雰囲気を持つ言葉が数多く繰り出される。

J’aurais voulu montrer aux enfants ces dorades
Du flot bleu, ces poissons d’or, ces poissons chantants.
Des écumes de fleurs ont bercé mes dérades
Et d’ineffables vents m’ont ailé par instants.

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These foolish things (remind me of you) 思い出のたね 

These foolish things (remaind me of you) は、1935年にロンドンで上演されたミュージカル”Spread It Abroad”の挿入歌。
他の人から見たらどうでもいいものでも、自分にとっては大切な思い出、ということはよくある。
題名にfoolishとあるのがとても効いている。だいたい自分のこだわりなんて、foolishなものだ。

エラ・フィッツジェラルドがオスカー・ピーターソンのピアノをバックに歌うものは、しっとりしていて、一人で静かに物思いに浸る感じが心地いい。

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ランボー 「酔いどれ船」 Rimbaud « Le Bateau ivre » 読み方の提案 1/2

「酔いどれ船」の第1−14詩節、56行の詩句を読み、瑞々しさや素晴らしさを感じるだけではなく、難しさを感じているかもしれない。分からない、という感覚。
そこで、旅の中間地点で一度船を止め、この詩の読み方について、いくつかの提案をしておきたい。

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ランボー 「酔いどれ船」 Rimbaud « Le Bateau ivre » 4/7 疾走する言葉たち 

大海原の牛の群れとマリア

第10節が幸福感を漂わせていたとすると、第11詩節では岩礁が現れ、大海原も喘ぎ、航海の困難が感じられる。

第11詩節

J’ai suivi, des mois pleins, pareille aux vacheries
Hystériques, la houle à l’assaut des récifs,
Sans songer que les pieds lumineux des Maries
Pussent forcer le mufle aux Océans poussifs !

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ナミビア砂漠の美

2019年7月19日のFrance 2, 20時のニュースで、アフリカの南西部に位置するナミビア砂漠の自然が紹介されていた。
世界で最も古いと言われるその砂漠は、これまでに見た事がないほどユニークで、素晴らしく美しい。

https://www.francetvinfo.fr/monde/afrique/namibie/le-desert-de-namibie-une-perle-vieille-de-55-millions-d-annees_3543303.html

Le désert de Namibie, une perle vieille de 55 millions d’années
Les Namibiens appellent leur désert la Mer de sable. Grand comme trois fois la Belgique, le désert du Nabib a également la réputation d’être le plus vieux du monde. Il aurait 55 millions d’années.

ランボー 「酔いどれ船」 Rimbaud « Le Bateau ivre » 3/7 見者のヴィジョン

第6−7詩節において、「ぼく=酔いどれ船」は「海という詩」を航海していることが明かされた。そこで示されたのは、新しいポエジーの定義。錯乱とリズムを中心に、青を基調として赤茶色が配色された。

第8詩節から第10詩節になると、「見る」という言葉を中心に、「ぼく=酔いどれ船」が航海する間に見たと思われるものが描かれる。

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ランボー 「酔いどれ船」 Rimbaud « Le Bateau ivre » 2/7 詩の大海原

「詩は絵画のように」から詩の大海原へ

Willam Turner, Calais Pier

第1−2詩節では、酔いどれ船(私)が、「大河」を自由に下ることになったいきさつが明らかにされた。

第3−5詩節になると、船は河から海に出、海岸近くから沖へと流されていく。

ランボーはその様子をナレーションで語るのではなく、イメージを連ね描いていく。

その手法は、ut pictura poesis(詩は絵画のように、絵画は詩のように)と言われる、詩に関するローマ時代からの考え方を思わせる。

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ランボー 「酔いどれ船」 Rimbaud « Le Bateau ivre » 1/7 自由への旅立ち

ランボーの「酔いどれ船」は傑作と言われ、パリのサン・シュルピス教会のすぐ横にある壁には、100行の詩句全部が書かれている。

しかし、意気込んで読んでみても、難しくて理解できないところが多い。
この詩のどこに、多くの読者を惹きつける魅力があるのだろう。

今から、4行詩が25節続く詩の大海原に、船を漕ぎだしてみよう。

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ボードレール 「酔いたまえ」 Baudelaire « Enivrez-vous » 美のエクスタシー

ボードレールの散文詩「酔いたまえ」を、イタリア生まれの俳優で歌手のセルジュ・レジアニがささやく。
こほほどセクシーな朗読が他にあるだろうか。

ボードレールはとても美しいことを書いていると言った後、レジアニは、詩人の詩句を自分の言葉のように語り始める。
しかも、最後には、詩句にはない一言を加えてしまう。あたかも自分の詩であるかのように。

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ネルヴァル 「祖母」 Nerval « La grand’mère » 詩句の音楽性と記憶の作用

Corot, Souvenir de Mortefontaine

おばあさんが死んで3年。葬儀の時にはみんな悲しんでいた。でも、ぼくは一人だけ、びっくりするばかりで、みんなと同じ反応が示せなかった。

三年後の今、おばあさんの記憶はみんなの中で色あせている。
しかし、ぼくの中では、記憶が深く刻み込まれ続けている。


このように語る「祖母」という小オードは、ネルヴァルの記憶作業がどのようなものか、わかりやすく伝えている。
と同時に、ネルヴァルが詩の音楽性を重視していたことも教えてくれる。

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