ネルヴァル 「ノートルダム・ド・パリ」 Nerval  « Notre-Dame de Paris »

ジェラール・ド・ネルヴァルが「ノートルダム・ド・パリ」(Notre-Dame de Paris)という短い詩を発表したのは、1832年のことだった。ヴィクトル・ユゴーが歴史長編小説『ノートルダム・ド・パリ』を出版した1831年の翌年である。

今では想像しにくいことだが、当時のノートルダム大聖堂は、廃墟のような状態にあった。
というのも、1789年のフランス革命に続く混乱の中で、ノートルダム大聖堂も襲撃を受け、歴代の王の彫像をはじめ、数々の彫刻や装飾が破壊されていたからである。

その後、1804年にナポレオンの戴冠式が行われた際には、内部が石灰で白く塗られ、装飾が施されるなどした。
しかし、1830年の7月革命の頃には、取り壊しが検討されるほどの状況になっていた。

そうした中で、ヴィクトル・ユゴーは、ノートルダム大聖堂そのものを主役にしたと言ってもいい小説を発表し、人々の熱狂を引き起こすことに成功したのである。(参考:ヴィクトル・ユゴー 『ノートルダム・ド・パリ』―ロマン主義的創造主 2/3

当時、ネルヴァルは、ユゴーを中心としたロマン派の文学グループの一員でもあり、ユゴーの小説がやがてノートルダム大聖堂の復興に大きな役割を果たすことになると予言するかのような詩を発表したのだと考えられる。

Notre-Dame est bien vieille : on la verra peut-être
Enterrer cependant Paris qu’elle a vu naître ;
Mais, dans quelque mille ans, le Temps fera broncher
Comme un loup fait un bœuf, cette carcasse lourde,
Tordra ses nerfs de fer, et puis d’une dent sourde
Rongera tristement ses vieux os de rocher !

ノートルダムは年老いている。人はたぶんいつか見ることになるだろう、寺院が
パリを葬ることを、生まれるのを見たパリを。
しかし、およそ千年後には、「時」が、よろめかせるだろう、
狼が牛をそうするように、この重い屍を。
鉄の神経をひねり、次には、鈍い歯で、
かじるだろう、悲しげに、寺院の古い岩の骨を。

ノートルダム大聖堂が、パリの誕生を見たというのは、歴史的な事実とは反する。

少なくともローマ帝国の時代には、ルテティアという名前でパリの存在が知られていた。また、5世紀頃のメロヴィング朝時代には、シテ島がパリの中心地となっていたことも知られている。

一方、ノートルダム大聖堂は、1163年に司教モーリス・ド・シュリーによって着工され、1225年には一応の完成を見たものの、最終的な完成は1345年まで待たなければならなかった。

もちろんネルヴァルは、こうした歴史を知らなかったわけではない。むしろ、ノートルダムがパリの誕生を見、そのパリをいつか葬ることになるだろうと語ることで、ノートルダム大聖堂を、パリと生死をともにする存在として描いているのである。

そして、1830年代にはすでに廃墟化していた大聖堂が、さらに千年近い歳月を経れば、屍(carcasse)になっているに違いないと、その未来の姿を描き出す。

そのためにネルヴァルは、三つの動詞、fera broncher(ぐらつかせる)、tordra(ひねる)、rongera(かじる)を次々に置き、「時間(le Temps)」による破壊の過程を描いている。

その対象となるのは、cette carcasse lourde(この重い屍)、ses nerfs de fer(鉄の神経)、ses vieux os de rocher(岩の骨)である。こうした表現によって、ノートルダム大聖堂の建物は、あたかも一個の巨大な人体であるかのように描き出される。

ここで、ノートルダム(Notre-Dame)という名前にも注目しておきたい。Notre-Dameは、文字通りには「私たちの貴婦人」を意味し、キリスト教では聖母マリアを指す呼称である。

そう考えるなら、ノートルダム大聖堂の荒廃をそのまま放置することは、単に一つの歴史的建造物を失うことではない。それは、「Notre-Dame」、すなわち聖母マリアの名を冠した大聖堂そのものを、死へと向かわせることでもある。


第2詩節では、ヴィクトル・ユゴーの本(le livre de Victor)が取り上げられ、未来の予測が破壊から復活へと変わる。

Bien des hommes, / de tous les pays de la terre
Viendront, / pour contempler cette ruine austère,
Rêveurs,/ et relisant le livre de Victor :
— Alors ils croiront voir la vieille basilique,
Toute ainsi qu’elle était, puissante et magnifique,
Se lever devant eux comme l’ombre d’un mort !

多くの人々が、地上のあらゆる国から、
やって来るだろう、この厳めしい廃墟を眺めるために、
夢見がちな様子で、ヴィクトルの本を読み返しながら。
— そして、人々は見るように思うだろう、古い大聖堂が、
かつてそうであったように、力強く、壮麗に、
自分たち前で立ち上がるのを、まるで死者の影のように。

ヴィクトル・ユゴーの『ノートルダム・ド・パリ』は、現在では、せむし男のカジモドとジプシーの美しい娘エスメラルダを中心とした悲恋の物語として知られている。しかし、物語が展開する中心にはノートルダム大聖堂があり、その壁に刻まれた「ἈΝΆΓΚΗ(運命)」という言葉もまた、小説を読み解く重要な鍵となっている。

ネルヴァルは、そのユゴーの小説を手にして、世界中の人々が、やがて廃墟となった大聖堂を訪れることになるだろうと予言する。あるいは、あえて日本の言霊(ことだま)の思想を思い起こすなら、そう言葉にすることによって、実際に人々がそこを訪れることを願っているとも読める。

ただし、ネルヴァルはその実現を願いながらも、訪れた人々は、古い大聖堂(la vieille basilique)が目の前に立ち上がるのを「見るだろう(ils verront)」とは言わず、「見ると思うだろう(ils croiront voir)」と表現する。しかも、その姿を「死者の影(l’ombre d’un mort)」にたとえる。そこでは、聖堂そのものが復活するのではなく、かつて存在した聖堂の「影」が、訪れた人々の前に立ち上がるのである。

この慎重な表現は、1830年代初頭のノートルダム大聖堂の姿を実際に目にしていたネルヴァルが、想像力の中で、かつての力強く壮麗な(puissante et magnifique)姿を思い描いていることと対応しているといってよいだろう。

つまり、詩人自身も、現実には廃墟と化している大聖堂を前にして、ユゴーの小説を読み返しながら、そこにかつての姿を見ているのである。そして、その想像上の光景を、未来に訪れる人々にも共有させようとしている。

ここでは、ユゴーの小説が単なる過去の記録ではなく、失われつつあるノートルダムの姿を未来へ伝える媒体として描かれている。ネルヴァルにとって、ユゴーの「本」は、時間によって破壊される大聖堂に、もう一度その姿を与えるものなのである。


大変に興味深いことに、ネルヴァルのこの願いは、やがて現実のものとなる。ノートルダム大聖堂は、修復され、その姿を取り戻したのだった。

実際、ヴィクトル・ユゴーの『ノートルダム・ド・パリ』の大成功は、荒廃していた大聖堂への人々の関心を高め、その保存・修復運動を促す重要な契機となった。

1843年には政府が修復を決定し、1845年には建築家ウジェーヌ・ヴィオレ=ル=デュク(Eugène Viollet-le-Duc)らを中心として、本格的な修復作業が開始された。そして、その作業は約20年にわたり、1864年に大規模な修復が完了した。


2019年4月15日の夕方、パリのノートルダム大聖堂で火災が発生し、大きな被害を受けた。
(参考:ノートルダム・ド・パリの火災 Incendie de Notre-Dame de Paris

その悲劇的な出来事を伝えるテレビ番組の中で、ネルヴァルの« Notre-Dame de Paris »が朗読されていた。

1832年、ネルヴァルは、ユゴーの本を読み返しながら、廃墟となったノートルダム大聖堂が、いつか人々の想像力の中で再び「力強く、壮麗に立ち上がる」姿を描いた。
そして2019年、実際に大聖堂が再び大きな被害を受けたとき、そのネルヴァルの言葉がテレビから流れたのである。詩の言葉が、今度は現実のノートルダムを再び「力強く壮麗に立ち上がらせる」力となることを願うかのように。


2024年12月7日、パリ・ノートルダム大聖堂再開の式典が行われた。
その式典の中で朗読されたのは、ヴィクウトル・ユゴー(Victor Hugo)の「橋」(Le Pont)だった。
(参考:ヴィクトル・ユゴー「橋」  深淵での祈り

1831年にユゴーが『ノートルダム・ド・パリ』を発表し、その翌年、ネルヴァルがユゴーの本を読み返しながら、未来のノートルダム大聖堂の姿を詩に描いた。そして、その大聖堂は実際に修復され、さらに2019年の火災を経て、2024年、再びその姿を取り戻した。

ノートルダムが再び立ち上がったとき、その場で称えられるのはユゴーであり、ネルヴァルはその影に隠れている。それがいかにもネルヴァルらしい。

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