Gérard de Nerval « Les Cydalises »  ネルヴァル 「レ・シダリーズ」 声に出すとフランス語の音楽性が感じられる詩

ジェラール・ド・ネルヴァルの« Les Cydalises »は、フランス人でなくても、フランス語の詩の音楽性をすぐに感じ取ることのできる美しい詩である。意味はその後から自然に立ち現れてくる。ヴェルレーヌの« De la musique avant toute chose »(何よりも先に、音楽を)という言葉を、まさに実感させてくれる詩だと言っていい。

La Cydalise(シダリーズ)とは、18世紀の牧歌詩や雅宴詩(フェット・ギャラント)の伝統に由来し、優雅で愛らしい若い女性を指す名前で、複数形« Les Cydalises »を題名とするネルヴァルの詩における「シダリーズ」は、彼が青春時代をともに過ごした文学者や画家たちの仲間に加わっていた女性たちのことを指している。

ではまず« Les Cydalises »の第一詩節を、声に出して読んでみよう。

全てが6音節の詩句だが、少し注意したいのは、a/mou/reu/sesで、最後の -ses は語末の無音のeを含むため、一音節として数えず、3音節になること。また、2行目と3行目の最初の Ellesは、次に子音で始まる sont が続くため、、El/lesと2音節になること。

Où sont nos amoureuses?
Elles sont au tombeau.
Elles sont plus heureuses,
Dans un séjour plus beau !

第一詩節はおおよそ次のような意味である。なお、訳文はフランス語の語順をできるだけ残し、構文が見えやすいようにしている。

今どこにいるのだろう、ぼくたちが愛した彼女たちは?
彼女たちは、お墓の中。
彼女たちは、もっと幸せなんだ、
ここよりももっと美しい所にいて!

amoureuses – heureuses、tombeau – beau の韻に耳を傾けると、死を歌っているにもかかわらず、幸福感に満ちた美しい響きが伝わってくる。

さらに、elles sont が繰り返されることで、「彼女たちはいる」という現在形が強調される。詩人にとって彼女たちは過去の存在ではなく、今もなお、あちらの世界で幸せに暮らしている存在なのである。
また、plus heureuse、plus beau と plus が繰り返されることで、「もっと幸せ」「もっと美しい」という比較の感覚が音としても刻み込まれ、この世よりも美しい場所への憧れが強く印象づけられる。


6音節4行の詩節が、後3つ続くので、意味よりもまず音を楽しみながら、また声に出して読んでみよう。

その際、韻に耳を傾け、anges(天使)ー louanges(賛歌)、ciel bleu (青空)ーDieu(神)、fiancée(フィアンセ)ーdélaissée (置き去りにされた)、 en fleur(花咲いた)ー douleur(苦痛)、profonde(深い)ーmonde(世界)、nos yeux(私たちの目)ー aux cieux(天に)という音を聞いていくと、詩全体の音楽と意味の結び付きにも気づくかもしれない。

Elles sont près des anges,
Dans le fond du ciel bleu,
Et chantent les louanges
De la mère de Dieu !

Ô blanche fiancée !
Ô jeune vierge en fleur !
Amante délaissée,
Que flétrit la douleur !

L’éternité profonde
Souriait dans vos yeux :
Flambeaux éteints du monde,
Rallumez-vous aux cieux !

彼女たちは、天使の近くにいる、
青い空の底で。
そして、賛歌を歌っている、
神の母の!

おお、白いフィアンセよ!
花咲く若い乙女よ!
取り残された恋する女(ひと)よ、
苦痛が萎れさせた!

深い永遠が
あなたたちの目の中で微笑んでいた。
世界中の消え去った松明たちよ、
天上でもう1度燃えてくれ!

白いフィアンセから始まる詩節は、現在はすでにこの世にいない女性たちへの呼びかけだが、彼女たちには、置き去りにされ(délaissée)、そして« que la douleur flétrit »という説明が添えられている。
この flétrit(萎れさせる)は、綴りだけでは現在形と単純過去形の区別がつかない。しかし、この部分では、女性たちが地上で経験した出来事を回想している流れから考えると、「苦痛が萎れさせた」と単純過去として読むことができる。

そして最後の詩節では、« L’éternité profonde / Souriait dans vos yeux »と半過去で描かれるように、詩人は、彼女たちの目の中で深い永遠が微笑んでいたことを思い出す。そして、消え去った(éteints)松明が再び天上で燃え上がる(rallumez-vous)ことを祈るのである。

この詩が、過去に愛した女性たちへの思いを詠ったものだと考えると、あまりピンとこないかもしれない。しかし、失われたものに対する鎮魂の歌だと考えると、すっと気持ちが伝わってくるに違いない。

ここでこの詩を取り上げた理由は、そうした詩の内容を理解する以上に、フランス語の詩句の音楽性を、外国人である私たちでも感じることができるということを、ぜひともぜひとも体感して欲しいという気持ちからだった。

一行6音節という短い詩句であるために、ダダダダダダという、非常に規則的なリズムで詩全体が進行する。

その中で、amoureusesの閉じた[ø]の音が、heureuses、bleu, Dieu, yeux, cieux,と最後まで反復される。
また、[ɑ̃]の音が、anges, dans, chantent, louanges, blanche, fiancée, amante, flambeauxと、何度も響いて、詩全体に広がりのある響きを与えている。

さらに、音と意味が対応することに気づくと、ますますこの詩の美しさが感じられるようになる。
« Elles sont au tombeau »というとても印象的な詩句の音色が、« Flambeaux éteints du monde »の中で蘇り、最後の« Rallumez-vous aux cieux ! »へと繫がっていく音の流れは、祈りが最高潮に達したことを、私たちに実感させてくれる。
そして、nos amoureusesたちはaux cieuxにいることが、[ø]が響き合うことで、音として確認される。

このように、« Les Cydalises »をフランス語で読み、その美を感じることで、内容の理解も深まっていく。


ネルヴァルの生前である1854年に出版された伝記、Eugène de Mirecourt, Gérard de Nerval には、ネルヴァル自筆とされる« Les Cydalises »の原稿が掲載されている。その筆蹟でこの詩を読むと、ますます詩人を身近に感じることができる。


中原中也は、ネルヴァルの詩句の音楽性を日本語で再現しようと試みた数少ない詩人の一人だったと言えるかもしれない。その中也も、「レ・シダリーズ」を翻訳している。

レ・シダリーズ

われらが恋の女たちは何処に行つたか?
彼女たちは墓場だ!
黄泉(よみ)の郷(くに)では
彼女たちはもつと仕合せだ!

彼女たちは諸天使の近くにゐる、
青いみ空の奥の奥で、
神の御母(みはゝ)の
頌歌を唱つて!

真白の花嫁!
おお花の処女(をとめ)!
悲しみが萎ませた
よるべなき女よ!

永遠は
汝(な)が眼の裡に微笑むでゐた……
此の世を去つた炬火、
空にて再びともれよ!

(中原中也「ヂェラルド・ド・ネルヴァル」『社会及国家』 昭和4年(1929年)10月号)

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