ランボー 「酔いどれ船」 Rimbaud « Le Bateau ivre » 2/7 詩の大海原

「詩は絵画のように」から詩の大海原へ

Willam Turner, Calais Pier

第1−2詩節では、酔いどれ船(私)が、「大河」を自由に下ることになったいきさつが明らかにされた。

第3−5詩節になると、船は河から海に出、海岸近くから沖へと流されていく。

ランボーはその様子をナレーションで語るのではなく、イメージを連ね描いていく。

その手法は、ut pictura poesis(詩は絵画のように、絵画は詩のように)と言われる、詩に関するローマ時代からの考え方を思わせる。

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ランボー 「酔いどれ船」 Rimbaud « Le Bateau ivre » 1/7 自由への旅立ち

ランボーの「酔いどれ船」は傑作と言われ、パリのサン・シュルピス教会のすぐ横にある壁には、100行の詩句全部が書かれている。

しかし、意気込んで読んでみても、難しくて理解できないところが多い。
この詩のどこに、多くの読者を惹きつける魅力があるのだろう。

今から、4行詩が25節続く詩の大海原に、船を漕ぎだしてみよう。

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ボードレール 「酔いたまえ」 Baudelaire « Enivrez-vous » 美のエクスタシー

ボードレールの散文詩「酔いたまえ」を、イタリア生まれの俳優で歌手のセルジュ・レジアニがささやく。
こほほどセクシーな朗読が他にあるだろうか。

ボードレールはとても美しいことを書いていると言った後、レジアニは、詩人の詩句を自分の言葉のように語り始める。
しかも、最後には、詩句にはない一言を加えてしまう。あたかも自分の詩であるかのように。

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ネルヴァル 「祖母」 Nerval « La grand’mère » 詩句の音楽性と記憶の作用

Corot, Souvenir de Mortefontaine

おばあさんが死んで3年。葬儀の時にはみんな悲しんでいた。でも、ぼくは一人だけ、びっくりするばかりで、みんなと同じ反応が示せなかった。

三年後の今、おばあさんの記憶はみんなの中で色あせている。
しかし、ぼくの中では、記憶が深く刻み込まれ続けている。


このように語る「祖母」という小オードは、ネルヴァルの記憶作業がどのようなものか、わかりやすく伝えている。
と同時に、ネルヴァルが詩の音楽性を重視していたことも教えてくれる。

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フロベール『ボヴァリー夫人』 レアリスムを超えて

フロベールの『ボヴァリー夫人』は、レアリスム小説の傑作と言われる。しかし、その素晴らしさはなかなか理解されないらしく、フランスの高校の先生たちも教えるのに苦労しているらしい。
あらすじだけ追えば、平凡な夫に愛想を尽かした妻が、不倫と浪費の末に、自殺する話。しかも、描写が長く、話がなかなか進まない。なぜこれが傑作なのだろうと思う人も多いだろう。

そこで、アウエルバッハの『ミメーシス』の一節を参考にしながら、レアリスムとは何か、『ボヴァリー夫人』はその中でどのような特色があり、素晴らしさはどこにあるのか、探っていくことにする。

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ピエール・ド・ロンサールのシャンソン ルネサンス期の音楽

16世紀のプレイアッド詩派の詩はしばしばメロディーをつけて歌われた。

ピエール・ド・ロンサールの「女性を飾る自然」« Nature ornant la dame »。
ポリフォーニーで歌われている。

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パレストリーナ Palestrina ルネサンス音楽の美

ルネサンス期の音楽は、破綻がなく、調和がとれ、耳に心地よく響く。その中でも、パレストリーナ(Giovanni Pierluigi da Palestrina)の曲は、絵画でいえば、ラファエロの母子像を思わせる美しさを持っている。

このラファエルの1枚を見ながら、「キリエ」を聞いてみよう。

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ヴェルレーヌ 「忘れられたアリエッタ その1」  Verlaine « Ariettes oubliées I » 日本的感性とヴェルレーヌの詩心

「忘れられたアリエッタ その1」は、ヴェルレーヌの詩の精髄がそのままの形で詩になっている。この詩を理解することで、「ヴェルレーヌ的」とは何か、そしてなぜ彼の詩が日本でこれほど愛されているのか、理解することができる。

「忘れられたアリエッタ」と題された9つの小さな詩は、『言葉なきロマンス(Romances sans paroles)』に収録され、1874年に出版された。

1874年は、第一回印象派展が開催され、モネの「印象・日の出」から、印象派という名称が生まれた年。
印象派の画家たちからの直接的な影響はないとしても、同時代的な表現法の類似が、ヴェルレーヌの詩との間に見出されることは確かである。

ヴェルレーヌの生涯でいえば、ランボーとのイギリスでの生活が破綻し、ブリュッセルのホテルで彼の手を銃で撃ち、監獄に入れられていた時期。
その頃の詩作はランボーとの相互的な影響作用で、音楽性がもっとも強く打ち出されていた。「何よりも先に音楽を」と歌った「詩法」が書かれたのも、1874年。
https://bohemegalante.com/2019/06/16/verlaine-art-poetique/

「詩法」の中で、詩句を音楽的にするためには奇数の音節数が大切だとしている。「忘れられたアリエッタ その1」は、全て7音節の詩句からなり、奇数音節が実践されている。

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ランボー 「アマランサスの花の列」 Rimbaud « Plates-bandes d’amarantes… » 疾走する想像力と言葉の錬金術

1872年、ランボーはヴェルレーヌと二人、パリから逃れてベルギーに向かう。その旅の間に二人が見た物、感じたことは、ベルギーを対象にした二人の詩の中に定着されている。

ランボーの「アマランサスの花の列」(Plates-bandes d’amarantes…)は、そうした詩の中の一つ。
その詩には、大通りの様子らしいものが描かれているのだが、ランボーの詩の言葉は、現実から飛び立ち、疾走する。

詩としての出来栄えに関しては、それほど高く評価できるものではないかもしれない。しかし、ランボーの詩的想像力の動きを理解するためには、最適の詩だといえる。

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ルドンの目は何を見るのか Œil de Redon

オディロン・ルドンは1840年に生まれ、19世紀の後半から20世紀の前半にかけて活動した画家。
彼の絵画は、平面的で単純化された物の形を、幻想的で神秘的な線や色彩で描き出し、暗示的、象徴的な雰囲気を漂わせている。

彼の絵画の中で、とりわけ面白いのが目をテーマにしたもの。
普通、目は現実のものを見る。しかし、ルドンの目は、見えないものが見えるようだ。

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