
『徒然草』第52段で、吉田兼好は、仁和寺(にんわじ)の僧侶の話を取り上げ、現代にも通用する一つの教訓を提示している。
その挿話を、兼好の語り(1)、仁和寺の法師の言葉(2)、教訓(3)という、三つの部分に分けて、読み解いていこう。
(1)兼好法師の語り — 熱意と現実のコントラスト
仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざりければ、心憂く覚えて、ある時思ひ立ちて、たゞひとり、徒歩より詣でけり。極楽寺、高良(こうら)などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。
この最初の部分で、兼好法師は、仁和寺の法師の行動を、「けり」という言葉で語っている。
これは、『竹取物語』冒頭の「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり」と同じように、過去の出来事を回想して語る表現といえる。現代で言えば、「こんな話を聞いたことがある」といった感じだろう。

そこで語られる仁和寺の法師は、ずっと石清水八幡宮に参拝したいと願っていたにもかかわらず、歳を取るまで、その思いを実現できないままでいた。そして、そのことで「心憂く」、つまり心が重く、辛く悲しいだけではなく、情けない思いもしていた。

そんな中で、ふと思い立ち、仁和寺から石清水まで一人で歩いて行った。そして、極楽寺や高良などを拝み、戻ってきたのだった。
ここでポイントになるのが、「かばかりと心得て」という言葉である。
『徒然草』の「序段」で、吉田兼好は、「つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」と書いているが、その「よしなしごと」を読む読者を想定していたに違いない。
その読者は、彼と同じ時代を生き、同じような知識を持つ人々だったはずである。そして、吉田兼好と同様に、石清水八幡宮の本殿は男山の山上にあり、極楽寺や高良などは男山の麓にあることを知っていたに違いない。
そこで、「かばかり」、つまり「これだけ」という言葉を目にすれば、すぐに、仁和寺の法師はせっかく石清水八幡宮に参拝しに行きながら、本殿にまでは行かなかった、したがって、本願を果たさなかったということが、理解できたはずある。
その仁和寺の法師の信仰の篤さは、長い間の参詣への思いや、一人で歩いて行ったことなどからも理解できる。しかし、その熱意にもかかわらず、本願を果たすことができなかった。その思いの深さと行動の結果のコントラストが、兼好法師の語りの巧みさによって浮き彫りになっているのである。
他方で、法師自身は、自分の誤りに気づいていない。そこにこの挿話の面白さがあるのだが、次に続く文で、兼好は法師の言葉をそのまま伝え、法師の誤解を直接説明することを避けることで、サスペンスを持続させていく。
(2)仁和寺の法師の言葉 — 他者への眼差し
長年の念願を叶えた法師は、非常に満足して、参詣のことを傍らにいる人(かたへの人)に語ったのだろう。その気持ちは、言葉の端々から伝わってくる。
さて、かたへの人にあひて、「年ごろ思ひつること、果し侍(はべ)りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに、山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意(ほい)なれと思ひて、山までは見ず」とぞ言ひける。
法師は、ずっと石清水八幡宮に参拝できないことで心を憂鬱にしていた。その「思ひつること」をやっと実現でき、実際に目にした極楽寺や高良なども、「聞きしにも過ぎて尊く」、つまり、噂に聞いていた以上に荘厳なものだった。そう語る言葉には満足感が溢れている。
さらに法師は、自らがいかに一途にお参りをしてきたのかを伝えるために、一つのエピソードを付け加える。それは、他の人々は山の上に登っていったのだが、彼は神様にお参りすることだけが目的だったために、他の人々と同じように山上に向かうことはしなかったというのである。
興味深いことに、ここでも吉田兼好は、仁和寺の法師の思い違いを訂正することはせず、山に登っていく人々を見て、「何事かありけん、ゆかしかり」、つまり「何かあるかと知りたい」と思ったものの、そうしたことに気を散らせることなく、本願を果たすことに集中したという法師の言葉を、そのまま伝えている。
したがって、石清水八幡宮の本堂と極楽寺、高良の関係を知らない読者であれば、仁和寺の法師の行動に落ち度があったとは思えないはずである。
他方で、本堂が山上にあることを知っていた読者は、法師がまだ本願を達していないことを理解している。そのために、法師の行動に対して、様々な感情を抱くことだろう。
(3)教訓 — 先達はどんな人?
少しのことにも、先達(せんだつ)はあらまほしき事なり。
吉田兼好は、これまでの説話に対して、どんな小さなことであっても、「先達」、つまり、案内人や指導者がいてほしいものだという教訓を付け加える。

では、「先達」とは、ここでどのような人のことを言うのだろうか。
まず、地の部分で問題になったのは、「かばかりと心得て」だった。
本殿ではない付属の社を見て、素晴らしいものだと感激してしまったことは、極楽寺や高良がつまらない社だということではない。それは、出発前にしっかりと下調べをして、石清水八幡宮についての知識を身につけておかなかったことを示している。
どんなに熱心に願っても、正しい知識を持たなければ、目的は達成できないのだ。
法師の言葉で問題だったのは、「何事かありけん、ゆかしかりしかど」という姿勢だった。
山上へと向かう人々の姿を見て、自分とは関係のないことだと勝手に思い込み、自分だけが信仰の篤い人間であり、神に祈るためにそこにいるのだと信じ込んでいた。
そうした独善的な姿勢ではなく、他の人々が何のために山上に向かうのかを問いかけていれば、法師も本願を果たすことができたのに、そうしなかったのである。つまり、自分が知らないことに気づく機会があったのに、それを追究しなかったことが問題なのだ。
その二つの過ちを犯さないために必要なのは、正しい知識を持ち、他の人々を尊重することであり、さらに、すでにそこに達している人を先達として、その後に続いて進むこと。それが、この挿話の教訓だということになる。
私たちは、一生懸命に目標に到達しようとしながら、達成できないことがある。その意味で、誰しもが仁和寺の法師でありうるのだ。失敗は誰にでもあるし、それに気づかないままでいることもある。
おもいつめたばかりでは、山上の宮は見えない。そこに目をひらくためには、(中略)おもいつめた心の壁に、みずから裂け目をつければよい。(石川淳「déjà vu」
何かを成し遂げようとして思い詰めている時には、どうしても視野が狭くなり、山上の宮は見えなくなってしまう。そして、そうした時には、「みずから裂け目をつければよい」と石川淳は言うのだが、その裂け目を自分で見つけることは、そんなに容易なことではない。
だからこそ、「仁和寺の法師の話」を時に思い起こすことで、もしかすると自分も視野狭窄に陥っているのではないかと自省し、山上に向かう人々に問いかける姿勢を持ち、「先達」に話を聞くなどすることが、目標を実現するために有用なのだ。
吉田兼好は、願いを実現できていないにもかかわらず、実現したと思い込んでいる人間を笑いものにするためでも、批判するためでもなく、仁和寺の法師を、私たちもしばしば陥る状態の代表として取り上げ、そこから大切なことは何かを伝えたのだった。つまり、「知識を得る」、「他者の行動を軽視しない」、「分からないことがあれば問いかける」、「先達に学ぶ」といった姿勢である。
これらは、現代の情報環境においても大切な姿勢にほかならない。
「自分は分かっている」と思い込んでしまうことこそが、山上の宮を見えなくする。その時、「何事かありけん、ゆかしかりしかど」と思ったとしても、そこで終わらずに問いかける。そのためにも、「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」なのである。
「仁和寺の法師」が国語の授業で取り上げられる際には、法師の心理や失敗の原因を探るといった問題が設定されることが多かったらしい。そうした授業のあり方を問題にした、興味深い論文がある。
古典の文章を読むとはどういうことなのか、そして、読解力とは何を意味するのかを考える上でも、大変参考になる論文なので、ぜひ一読をお勧めしたい。
金井 利浩「『仁和寺にある法師』」のために-文学と教材とのあわい、もしくは「授業改善」の基底と創造」『教育・研究』 中央大学附属中学校・高等学校紀要委員会編. 2025. 38. 1-23.
https://www.hs.chuo-u.ac.jp/contents/wp-content/uploads/issue38_pdf02.pdf