詩は世界を美しくする。
芸術家、詩人は、自分の世界観(ボードレールの言葉では「気質」tempérament)に従って、作品を生み出す。
私たちは、その作品に触れることで、芸術家の世界観に触れ、感性を磨いたり、彼等のものの見方、感じ方を身につけることができる。
詩においても、そのことを具体的に体験することができる。
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芸術家、詩人は、自分の世界観(ボードレールの言葉では「気質」tempérament)に従って、作品を生み出す。
私たちは、その作品に触れることで、芸術家の世界観に触れ、感性を磨いたり、彼等のものの見方、感じ方を身につけることができる。
詩においても、そのことを具体的に体験することができる。
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ボードレールの「腐った屍(Une Charogne)」は、とても奇妙な恋愛詩。
恋人と二人で道を歩いているとき、一匹の動物の腐った死骸を見る。蛆がたかり、肉体は崩れかけている。
そのおぞましい光景を描きながら、愛の歌にする。
どうしてそんなことが可能なのだろう?
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ボードレールが歌う秋は、夏と冬の間にある中間の時。
夏の厳しい光の名残りに別れを告げながら、それと同時に、暗い冬が迫ってくる予感がする。
皮肉屋で繊細な詩人ボードレールは、そんなどっちつかずの時の不思議な感覚を綴り、愛する女性への愛の言葉とする。
続きを読む「ニューヨークの秋」は、ヴァーノン・デュークが1934年に作詞作曲し、ミュージカル« Thumbs up »の劇中歌として使われた。
その後、1949年にフランク・シナトラが歌ってヒットした。
いかにも秋を感じさせる曲で、多くのジャズマンが取り上げている。面白いのは、誰が取り上げてもあまり原曲のイメージを壊すことがなく、その分、歌や演奏自体の特徴がよくわかること。
シナトラの歌は、オーケストラをバックに、ゆったりとしている。ジャズというよりもポップス的な感じが強い。

日本におけるヴェルレーヌのイメージは、上田敏による「落葉」の翻訳によって決定付けられているといってもいいだろう。その翻訳は、上田敏作の詩と言っていいほどの出来栄えを示している。
秋の日の/ヰ゛オロンの/ためいきの/身にしみて/ひたぶるに/うら悲し。
鐘のおとに/胸ふたぎ/色かへて/涙ぐむ/過ぎし日の/おもひでや。
げにわれは/うらぶれて/ここかしこ/さだめなく/とび散らふ/落葉かな。
この翻訳の素晴らしさが、日本における「秋の歌」の人気の秘密であることは間違いない。しかしそれと同時に、ヴェルレーヌの詩が、『古今和歌集』の詠人知らずの和歌のように、「もののあわれ」を感じさせることも、人気の理由の一つではないだろうか。
秋風に あへず散りぬる もみぢ葉の ゆくへさだめぬ 我ぞかなしき
フランス語を少しでもかじったことがあると、これほど素晴らしい詩がフランス語ではどうなっているのだろうと興味を持つことだろう。
もちろん、ヴェルレーヌの詩も素晴らしい。
「愛の喜び」はジャン・ポール・マルティーニ(1741ー1816)の代表作。
彼はドイツ生まれだが、活躍したのはフランス。お墓は、パリのペール・ラシェーズ墓地にある。
Plaisir d’amour ne dure qu’un moment, 愛の喜びは一瞬しか続かない。
Chagrin d’amour dure toute la vie. 愛の悲しみは一生続く。
単純だけれど、素直に心に飛び込んでくるこの歌詞は、フロリアン(ジャン・ピエール・クラリス・ド、1755ー1794)の中編小説「セレスティンヌ」から取られた。
吉田秀和が『永遠の故郷 真昼』のために選んだのは、エリザベート・シュヴァルツコプスの歌うもの。
普段、私たちは何となく映画を見ているが、映画はいくつかの基本的な要素から構成されている。
そうした要素は、全てが最初から存在したわけではなく、映画の進化に伴って徐々に付け加わっていった。
映画の誕生から歴史的に見ていくと、その進化が明確になる。
1)最初の映画 ワンカット・ワンシーン
リュミエール兄弟が、1895年、パリのグラン・カフェで世界初の映画を上映した。
その映画は、ワンカット・ワンシーン。つまり、撮影したままのフィルムを、そのままスクリーンに映写したもの。
最初に上映された映画「工場の出口」は、リュミエール兄弟の工場から出てくる人々の映像をそのまま流している。
水墨画は、13世紀以降、禅宗の教えと共に日本にもたらされ、室町時代に大きな発展を見た。
水墨画の本質は、墨のみで「造花の真」を捉えることであり、知性的な分析を排して直感によって生の実在に至る禅の精神と対応しているといえる。
色彩を排し、物の本質に即した省略を行うことで、対象の直截的な把握を目指した。
最初に、宋本国以上に日本で人気を博した南宋の画家、牧谿(もっけい)の「叭々鳥(ははちょう)図」と、可翁(かおう)の「竹雀(ちくじゃく)図」を見ておこう。


二つの絵画の微妙な違いの中に、日本的な水墨画の特色を感じることができるかもしれない。
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喫茶の習慣は、禅僧の栄西(1141-1215)によって中国から日本にもたらされ、最初は薬効のためにお茶が飲まれた。
その後、室町時代になると、一休和尚を経て、珠光(1422あるいは1430-1502)が、茶道(佗茶)を創始したと言われている。
このような歴史を顧みると、茶道が禅の教えと深く関係していることがよくわかる。
その両者に共通しているのは、人間が生きている上で背負っている様々な過剰物を「単純化」し、生の根源に至ることだといえる。
禅では知的な思考を離れ、直感によって生の実在そのものに到達しようとする。
茶道では、質素な小室(茶室)に客人を迎え入れ、世俗的な違いを廃し、主客の心の交わりを実現することを目指す。
茶室の限られた空間は、禅的な表現で言えば、「本住地」あるいは「父母未生以前本来面目」を、現実の一瞬に実現する場とすることを理想としている。

ジョルジュ・サンドは、『コンシュエロ』の中で、18世紀のイタリア音楽を3つの角度から取り上げている。
宗教音楽としては、マルチェロの賛美歌、第18番。
世俗音楽の中で、テクニックが優先される例としては、ガルッピの「悪魔のような女」のアリア。
主人公コンシュエロの音楽的才能を発揮させる例としては、ヨンメッリの「捨てられたディド」。
youtubeでそれらの曲をたどっていくと、サンドの案内で18世紀イタリア音楽に入門するような感じがする。
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