ペルゴレージ 「サルヴェ・レジーナ」  ジョルジュ・サンドと音楽

ジョルジュ・サンドはショパンの恋人。リストたち多くの音楽家と友人でもあった。そうした環境の中で、素晴らしい音楽に触れ、センスを養っていったことだろう。
サンドの『コンシュエロ』は音楽小説という側面を持っている。主人公コンシュエロが最初に登場する場面では、幼い彼女にペルゴレージの「サルヴェ・レジーナ」を歌わせる。その後、知識があり、多くの経験をし、熱狂的な歌唱ではなく、無邪気な子どもの歌い方を称揚する。そこにサンドの音楽観が現れている。

18世紀ナポリ学派の作曲家ペルゴレージ。彼の「サルヴェ・レジーナ」へ短調を聞くと、その美しさに心を動かされる。
サンドに教えてもらった一曲。

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日本の伝統的絵画の画法

日本の美には、平安朝や元禄時代のような華やかな美と、室町時代に確立した質素な美がある。
https://bohemegalante.com/2019/08/30/paul-claudel-et-la-beaute-japonaise/

他方、絵画における表現法は、二つの美の表現でも共通している部分が多い。
そしてその特徴は、ヨーロッパ、とりわけルネサンス以降のヨーロッパの絵画とは対照的である。

狩野永徳、四季花鳥図屏風
能阿弥 花鳥図屏風
Charles-François Daubigny, Bords de l’Oise

では、日本の伝統的な絵画の特色は、どのようなものだろうか。

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無の美学 能と幽玄の美

能が禅の精神を反映していることは、広く認められている。

能の完成者である世阿弥は、室町幕府の三代将軍・足利義満に重用された。
義満と彼の息子である足利義持は、禅宗の積極的に導入し、北山文化を開花させた。
そうした状況の中で、世阿弥も能の思想を吸収し、猿楽や田楽と呼ばれていた芸能に、禅の精神を注入したことは、自然なことだっただろう。

世阿弥が記した芸の理論書『風姿花伝』にも禅を思わせる教えが数々見られる。
例えば、「住(じゅう)する所なきを、まづ花と知るべし。」
住する、つまり一カ所に留まらないことが、芸の花を咲かせると言う。
これは、中国の禅僧・慧能(えのう)が説く、「住する所無くして、其の心を生ずべし]という言葉に基づいている。

現実の世界ははかなく、全ては時間とともに消え去ってしまう。その流れに押し流されながら、しかし、その現実に永遠を現生させ、美を生み出す。
とりわけ世阿弥が刷新した能は、幽玄の美を目指している。

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無の美学 禅寺と枯山水

足利尊氏は統治政策として禅宗を重用し、支配制度を強化した。そのために、日本各地に禅寺の伽藍形式が広まった。
その過程で、僧の住居となる方丈などの庭園には、枯山水が好んで作られた。

禅宗様(ぜんしゅうよう)の建築物に禅の精神が貫かれているかどうかを知るのは難しいが、枯山水が禅的な無の思想に基づいていることを理解するのは比較的容易だろう。

ちなみに、14世紀後半に建造された金閣寺は、一階が和洋の住宅風、二階が和洋の仏堂風、三階が禅宗様(ぜんしゅうよう)の仏殿風という、折衷様式。

15世紀後半に建造された銀閣寺は、一階が和風の住宅、二階が禅宗様の仏道。こちらも二つの様式が共存している。

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クローデルと日本の美 Paul Claudel et la beauté japonaise

ポール・クローデルは、1923年、日光で、日本の学生達に向けた講演を行った。その記録が、「日本の魂を一瞥する(Un regard sur l’âme japonaise. Discours aux étudiants de Nikkô)」として、『朝日の中の黒い鳥(L’Oiseau noir dans la soleil levant)』に収められている。

彼の日本に対する観察眼は大変に優れたもので、日本人として教えられることが多い。その中でも、日本的な美として二つの流れを感じ取り、ヨーロッパ人にはわかりにくい美を具体的に解説している部分はとりわけ興味深い。

一つの流れは、浮世絵に代表されるもの。
もう一つは、高価な掛け軸としてクローデルが分析の対象としているもの。

喜多川 歌麿、納涼美人図
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ヴェルレーヌ 「カエルのように重く、鳥のように軽い」 Verlaine « Lourd comme un crapaud léger comme un oiseau » 日本の芸術を見るヴェルレーヌの目

ポール・クローデルは、優れた日本文学論「日本文学散歩(Une promenade à travers la littérature japonaise)」の冒頭で、2つのフランス詩を、極東精神の精髄を感知するための序曲として引用している。

一つがステファン・マラルメの「苦い休息にうんざり(Las de l’amer repos)」。
https://bohemegalante.com/2019/08/27/mallarme-las-de-lamer-repos/
もう一つがポール・ヴェルレーヌの「カエルのように重く、鳥のように軽い(Lourd comme un crapaud, léger comme un oiseau)」。

この二つの詩を比較して、クローデルは、マラルメの詩は古典的で完璧な手さばきを示している一方、ヴェルレーヌは走り書きで、より大きな自由が感じられると言う。

「カエルのように重く、鳥のように軽い」では、奇数の音節が詩句から重さを取り除いている。奇数の音節と軽さは、「詩法」の中でヴェルレーヌ自身によって主張されていた。
https://bohemegalante.com/2019/06/16/verlaine-art-poetique/
その上で、最後の詩句が17音節と特別に長く、それが詩人のサインの役目を果たしていると、クローデルは考える。

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マラルメ 「苦い休息にうんざり(・・・)」 Mallarmé « Las de l’amer repos [..] » 新しい芸術と日本

ポール・クローデルが、優れた日本文学論「日本文学散歩(Une promenade à travers la littérature japonaise)」の冒頭で、2つのフランス詩を、極東精神の精髄を感知するための序曲として引用している。

一つがステファン・マラルメの「苦い休息にうんざり(・・・)」。
もう一つがポール・ヴェルレーヌの「カエルのように重く、鳥のように軽い(Lourd comme un crapaud, léger comme un oiseau)」。
https://bohemegalante.com/2019/08/28/verlaine-ourd-comme-un-crapaud-leger-comme-un-oiseau/

ここでは、マラルメの「苦い休息にうんざり」を読んでみよう。
この詩は最初1866年に『高踏派詩集(Le Parnasse contempoarin)』に出版され、それまでの詩から、彼が目指す新しい詩への転換点を示していた。

クローデルは、その新しい詩を宣言する詩句だけを引用し、東洋精神、日本文学の序章として相応しいと考えた。
従って、19世紀後半のフランス詩と東洋的精神の間に何らかに関係を読み取ることもできるだろう。

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モンテヴェルディ 「オルフェオ」 Monteverdi « Orfeo » バロック・オペラの先駆け

Nicolas Poussin, L’Inspiration du poète

1607年に初演されたモンテヴェルディのオペラ「オルフェオ」。

モンテヴェルディは、オペラという形式の中で、音楽に劇的な表現を与え、ルネサンス音楽からバロック音楽への橋渡しをした。

物語は、ギリシア神話のオルフェウスの話に基づいている。

演奏は、レ・ザール・フロリッサン(Les Arts Florissants)。
ウィリアム・クリスティによって設立された古楽器オーケストラ及び合唱団。

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無の美学 禅と日本的美 序

日本的感性は、文献が残る奈良時代以来、はかなく、束の間の存在に美を見出してきた。平安時代には、もののあわれという美的感性も誕生する。

他方で、禅宗が本格的に日本に受容されたのは、13世紀の鎌倉時代であり、南北朝や室町時代にいたって世俗化する。
その過程で、諸行無常の感覚と禅的な無が結びつき、様々な形で具体化した。

14世紀以降、禅宗の寺院建築と石庭、枯山水が盛んに作られるようになる。
その内部に飾られるのは、水墨画、山水画、詩画軸。
能は、世阿弥によって飛躍的な発展を遂げ、舞台、能面、衣裳等も含め、総合芸術へと発展する。
佗び茶も総合芸術だ。茶室、掛け軸、陶器、生け花、そして会話術が一体となり、美の美学を生きたものとした。

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ヴィクトル・ユゴー 「夢想」 Victor Hugo « Rêverie » 現実と夢想

1820年代、ヨーロッパでは、オスマン帝国からの独立を宣言したギリシアへの関心が高まり、多くの芸術家の関心をかき立てた。
その代表の一つが、ドラクロワの1824年の作品「キオス島の虐殺」や、1826年の「ミソソンギの廃墟に立つギリシア」である。

Eugène Delacroix, Scènes des massacres de Scio
Eugène Delacroix, La Grèce sur les ruines de Missolonghi

1828年には、ヴィクトル・ユゴーも『東方詩集(Les Orientals)』を出版する。「夢想(Rêverie)」は、その詩集に収められている。

ユゴーは一度もオリエントを訪れたことはなく、詩集の中では知識と想像力によって作り挙げられたイメージが繰り広げられる。
「夢想」はその原理を読者に明かし、現実とイマジネーションの関係を垣間見させてくれる。

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