現状満足世代と匿名の攻撃性の時代

現代の日本には、現状に不満はなく、毎日をなんとなく幸せに生きていければいいと考えている人達が数多くいる。とくに若者たちは、100%満ち足りているわけではないけれど、今の状態に満足することが上手な世代だといえる。

他方、ネット上ではしばしば炎上が起こり、匿名性の影に隠れて、異常なまでの攻撃性が発揮される。テレビでも、悪と認定された人間に対しては、根拠を問わず激しい攻撃が加えられたりする。

容易に現状に満足する心持ちと他者に対する攻撃性は一見矛盾しているように見えるが、実は一つの事態の裏表の関係にある。

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ポスト真実を克服するために

現在の最も大きな病理の一つは、ポスト真実と名付けられた状況だろう。

21世紀に入りインターネットでの情報が爆発的に増加した結果、現代の社会はポスト真実(post-truth)の時代に入ったと言われている。
ポスト真実とは、客観的な事実や真実よりも、自分の感情に合った情報、自分にとって都合のいい情報を信じる傾向が強まり、感情的な情報が社会のオピニオンの形成に大きな力を及ぼす現象を指す。
2016年にオックスフォード英語辞典が「2016 Word Of The Year(2016年を象徴する言葉)」と認定したことで、世界的に流通する用語になった。
https://en.wikipedia.org/wiki/Post-truth_politics

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パリ 巨大メトロの建設現場

10年ほど前に大パリ計画(Le grand Paris)が発表された。現行のパリでは人口が増えすぎたので、都市を拡大する計画である。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Grand_Paris
その大パリ計画の一環として、巨大なメトロの建設が始まっている。

2019年5月4日のFrance 2, 20Hのニュースでは、メトロ建設の現場を取材した、めったに見えることができない貴重な映像が流れていた。

https://www.francetvinfo.fr/politique/banlieues/grand-paris-express-visite-d-un-chantier-hors-norme_3428673.html

文学とバッハ

「大きな書店(La grande librairie)」というフランスのテレビ番組で、文学と音楽について、俳優のファブリス・ルキーニ(Fabrice Luchini,)が語る回があった。
その中で、ピアニストのクレール=マリ・ル・ゲ(Claire-Marie Le Guay)とヴァイオリン奏者ルノー・カピュソン(Renaud Capuçon)が、バッハの「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第3番ホ長調 BWV 1016, III. Adajo ma non tanto」を演奏している映像がある。

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幽玄の美へ 鎌倉リアリスムから北山文化、東山文化へ

平安貴族の優雅な世界から武士を中心とする鎌倉時代へと移行するのに伴い、美の概念も大きく変化した。
(平安時代までの美の変遷については、以下の項目を参照。)
https://bohemegalante.com/2019/02/26/genese-de-la-beaute-japonaise/

私たちが日本の文化の特色と考える、簡素さ、幽玄、無に基づく美意識は、鎌倉時代を経て、室町時代に形成されたと考えられる。
そして、そのために禅の果たした役割は非常に大きい。禅宗は13世紀中頃に日本文化に決定的な影響を及ぼし、水墨画、能、連歌、枯山水等の発展を促した。

12世紀の終盤に始まる鎌倉幕府の時代から、銀閣寺に代表される東山文化が桃山美術に移行する16世紀後半までの約400年間弱における、美の動きを見ていこう。

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日本語 擬音語・擬態語

日本語の豊かさの一つに、擬音語や擬態語が数多いということがあげられる。雨が降るときの表現として、シトシト、ザーザー、ポツポツ、パラパラ、ショボショボが付け加えるだけで、実感が湧いてくる。

擬音語や擬態語は、動詞や形容詞が表現する状態に具体性を与え、より詳しく、活き活きとした感じを生み出す働きをする。
その理由はどこにあるのだろうか。

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日本語 主語と抽象性

日本語の文章では、主語は必ずしも必要とされない。そのことを示す最も有名な例は、川端康成の『雪国』の冒頭の一節だろう。

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

国境を越えたのが誰なのか、何なのか、わからない。しかし日本語としては十分に理解可能だし、美しい。

他方、英語やフランス語に訳す場合、どうしても主語をはっきりさせないと文章を構成することができない。主語、動詞、そして多くの場合目的語があって初めて文章が成立する。

この違いはどこからくるのだろうか。

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日本語 私とあなた  I and you

日本語の一人称、二人称の代名詞は、とても特殊である。
英語であれば、自分は« I »、相手を « you »と言うだけ。いつでもどこでも共通である。
日本語ではそうはいかない。相手によって、自分のことを、私、ぼく、先生、お父さんと言ったりする。相手に向かって、君とかあなたと言うことはまれで、お母さん、奥さん、おばちゃんと言ったりもする。

日本語を母語とする人間は、そうした複雑な代名詞を自然に使い分けている。
その理由は、日本語がウチの言葉だというところから来ている。

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ルソーの夢想 自然との一体化 Jean-Jacques Rousseau et ses rêveries

ジャン・ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778)は、最晩年に、『孤独な散歩者の夢想』(Rêveries du promeneur solitaire)という作品を執筆した。それは、自分の生涯を赤裸々に語る『告白』(1782-89)の後に書かれ、過去を振り返りながら、自己の内面の動きを綴ったものだった。

この作品の「第5の散歩」の章では、人々から迫害されたルソーが、スイスのビエンヌ湖(Lac de Bienne)にあるサン・ピエール島(île de Saint-Pierre)に滞在し、湖の畔で夢想にふける場面が描かれている。
そこで彼は、波の音と自分の心臓の鼓動が一つになり、至福の時を体験する。

それは、自己と自然が一体化し忘我に達する瞬間であり、その体験が非常に美しい文章で描かれている。音楽性も大変に優れていて、スイスの湖の畔に座る「私」の心の鼓動と波の動きが重なり合う波長が、文章のリズムによって見事に表現される。

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日本語 ウチの言葉

日本語はウチの言葉である。

『日本語の文法を考える』(岩波新書)の中で大野晋が概説する日本語論によれば、日本語はウチの言葉であり、ソトの言葉であるインド・ヨーロッパ語族の言語とは対照的な特色を持っている。例えば、主語を明確に提示しないこと、構文がそれほど明確でないこと、こそあど体系、抽象的な表現より具体的な表現を好むこと、他動詞表現よりも自動詞表現の方が自然に感じられること、オノマトペの多用、IとYouの表現が数多くあること、等。

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