ボードレール 月の悲しみ Baudelaire « Tristesses de la lune » 新しいロマン主義?

1857年、『悪の華(Les Fleurs du mal)』を贈られたフロベールはボードレールに礼状を書き、「あなたはロマン主義を若返らせる(rajeunier le romantisme)方法を見つけたのです。」と詩集全体の総括をした。
さらに続けて、好きな詩の題名を幾つか列挙し、その中で、「月の悲しみ(Tristesses de la lune)」を挙げる。そして、そのソネの第1カトラン(四行詩)の3行目と4行目を引用した。

フロベールは、『ボヴァリー夫人』の中で、エンマのロマン主義的な傾向を揶揄しているように見え、ロマン主義の批判者とも受け取れる。しかし、別の視点から見れば、彼もまた「ロマン主義を若返らせる」方法を模索したと考えることもできる。

では、詩人と小説家が同じ方向に歩みを進めていたとしたら、新しいロマン主義とはどのようなものなのだろうか。

同じ礼状の中で、フロベールはボードレールに、螺鈿(damasquinage)にも似た「言語の繊細さ(délicatesses de langage)」が、『悪の華』の「辛辣さ(apreté)」に価値を与えていて、その辛辣さが好きだと伝える。

エンマのロマン主義で批判の対象になるのは、センチメンタリスム。
それに対比されるのは、夢が消えた後の虚しさ、苦々しい想い、不快さ。一言で言えば、「辛辣さ(apreté)」。
とすれば、若返ったロマン主義は、「螺鈿の言葉を彫琢し、辛辣さから美を生み出す」ものと言えるのではないだろうか。

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浦島物語 平安時代 名残りの美

浦島の物語は、平安時代になると、中国大陸の書籍の強い影響の下で、「浦島子伝」や「続浦島子伝」と題される漢文の物語として語り直される。

その一方で、和歌や物語の中で取り上げられ、大陸の影響とは別の需要のされ方をした。
そこでは、10世紀初めから続く「日本化」の心性が反映し、理想世界よりも現実世界に関心を持ち、死後の救いよりもこの世での心の動きを重視する、日本的感性を確認することができる。

日本的感性は、仏教の浄土や神仙思想の蓬莱を求める以上に、消え去ったものに対する名残り惜しさ、儚いものに抱くあはれさの感情に価値を置く。
その価値観に根ざした美意識が、平安時代において定式化されたのではないだろうか。

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浦島物語 奈良時代 神仙思想

浦島太郎の話は、私たちが親しんでいる昔話としては、最も古いものの一つ。
奈良時代に編纂された『日本書紀』や『万葉集』の中で、すでに原形となる物語が語られている。
ところが、奈良時代の物語では、亀を助ける話はなく、浦島が向かう先は仙人の住む理想郷だとされている。

平安時代になると、浦島が向かった先での出来事が詳しく語られる。
室町時代から江戸時代前期には、亀を助けた話が語られ始める。他方、地上に戻った浦島を待つのは老いや死ではなく、鶴への変身。
明治時代になり、教科書に採用され、亀の恩返し、竜宮城、乙姫等、私たちがよく知る物語として定着した。

こうした約800年に渡る浦島物語の変遷を辿るために、まず奈良時代における浦島の物語が何を伝えようとしているのか見ていこう。

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モンテーニュ 子供の教育について Montaigne De l’Institution des enfants 判断力を養う

モンテーニュ(Montaigne)は『エセー(Essais)』の中で、「子供の教育について(De l’Institution des enfants)」という章を設け、教育の目的が、「判断力(jugement)」を養うことであると述べる。
子供に悪いものを見せないのではなく、いいものと悪いものを前にした時、いいものを選択する判断ができる能力を養うこと。

教師は、子供を導く者(conducteur)であり、「一杯につまった頭より、よく出来た頭(plutôt la tête bien faite que bien pleine)」の人間である必要がある。
では、よく出来た頭とは、どんな頭なのか?
モンテーニュの語る「蜜蜂の比喩」はその回答を教えてくれる。

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小野市 浄土寺 鎌倉時代の大仏様建築

兵庫県小野市にある極楽山浄土寺の浄土堂は、東大寺の南大門と並び、鎌倉時代の大仏(天竺)様式を代表する建造物。
柱を貫通する長い貫(ぬき)を縦横に張り巡らせ、天井を張らずに高い吹き抜けとし、屋根裏の頂項まで見せた内部構造と、直線の流れを持つ屋根によって特徴づけられる。

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日本の美 平安時代 その7 源氏物語絵巻

平安時代の美は、京都の貴族文化の中で熟成した、総合芸術として確立していった。その様子を最も見事に表現しているものの一つが、平安時代末期に作成された「源氏物語絵巻」である。

「源氏物語絵巻」は当時の宮廷社会の様子を『源氏物語』のエピソードに則り美しく描き出しながら、『古今和歌集』の仮名序で紀貫之が言葉にした「生きとし生けるもの」の「言の葉」が、平安的美意識の根源にあることを示している。
言い換えれば、人間は自然の中で動物や植物と同じように現実に密着して生き、四季の移り変わりに心を託して歌い、描き、生きる。そして、そこに美を感じる。

まず、「宿木 三」を復元された絵で見てみよう。

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ヴォルテール 想像力の二つの側面 Voltaire imagination passive et imagination active

啓蒙の世紀(siècle des Lumières)と呼ばれる18世紀において、理性の光で無知を照らす道具の一つが、ディドロが中心となって編集された『百科全書(l’Encyclopoédie)』だった。
その中で、想像力(imagination)の項目を担当したのが、ヴォルテール(Voltaire, 1694-1778)。

17世紀にデカルトやパスカルによって誤謬の源とされた想像力に関して、ヴォルテールは二つの側面を区別する。一つは、受動的想像力。もう一つは、能動的想像力。

Il y a deux sortes d’imagination : l’une, qui consiste à retenir une simple impression des objets ; l’autre, qui arrange ces images reçues et les combine en mille manières. La première a été appelée imagination passive ; la seconde, active. 

二種類の想像力がある。一つは、対象に関する単純な印象を留めるもの。他方は、受け取った映像をアレンジし、様々な風に結び付ける。最初のものは、受動的想像力と呼ばれ、二つ目は能動的想像力と呼ばれた。

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日本の美 平安時代 その6 やまと絵

寝殿造りの住居の仕切りには、屏風、几帳、襖などが使われたが、その上には絵が描かれていた。
9世紀半ばには、絵のテーマとして、日本的な風景を描いたものも現れ始める。それらは『古今和歌集』に載せられる和歌と対応し、屏風の絵の横に、和歌が美しい文字で描かれることもあった。

例えば、素性法師が竜田川を歌った和歌の前には、次のような詞書が置かれている。

二条の后の東宮の御息所と申しける時に、御屏風に竜田川に紅葉流れ
るかたをかけりけるを題にてよめる

もみぢ葉の 流れてとまる みなとには 
紅深き 波や立つらむ 

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日本の美 平安時代 その5 寝殿造りと庭園 

日本的感性は、超越性を求めず、現世的、日常世界的であり、四季の変化に敏感に反応する。
そうした感性が定式化され表現された一つの形が『古今和歌集』だとすると、その歌集に収められた和歌を詠った貴族たちが生活する住居や庭園は、もう一つの美の形だといえる。

平安時代後期に描かれた『源氏物語絵巻』の「鈴虫1」を、復元された絵で見てみよう。
上からの視線にもかかわらず室内が見え、庭には水が流れ、秋の野原の草花が描かれている。

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日本の美 平安時代 その4 時間意識

平安時代の時間意識に関して言えば、人間は自然の一部だという意識と並行関係にある。
人々は、仏教に帰依し、死後に極楽浄土に行くことを理想としたわけではない。
ヨーロッパにおいてのように、理想を永遠に求めることはしなかったということになる。
逆に、たとえこの世が煩悩や汚れに満ち、苦の娑婆だとしても、移り変わり儚い時間の中に美を見出した。

在原業平の歌には、そうした時間意識がよく現れている。

濡れつつぞ しひて折りつる 年のうちに 春はいくかも あらじと思へば

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