小林秀雄「モオツアルト」と中原中也の四編の詩

小林秀雄の評論の中でも最もよく知られている「モオツアルト」は、昭和21年12月30日に発行された『創元』の創刊号に掲載された。
この雑誌の編集者の一人は小林自身であり、その号には彼が選んだ中原中也の未発表の詩4編も収録されている。

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文学作品の読み方 中原中也の詩を通して

Auguste Renoir, La liseuse

文学は必要か?と問われれば、現代こそ文学作品を「読む」ことが必要な時代はない、と答えたい。
ただし、小説、詩、戯曲などを読むには、それなりの読み方を学ぶ必要がある。

文学作品を読む際、どのように読むかは読者の自由に任されていて、自由な感想を持ち、自由に自分の意見を持つことができるという前提があり、決まった読み方があるとは考えられていない。

自由に読むという作業は、多くの場合、読者の世界観を投影している場合が多い。作品の中からいくつかの箇所を取り上げ、それに対して自分の思いを抱き、思いを語るのが、一般的な傾向だといえる。一人一人の読者の感想こそが重要だと考えられることもある。

しかし、その場合には、どの作品を読んでも、結局は同じことの繰り返しになってしまう。というのも、作品を通して読んでいるのは、読者の自己像だから。
あえて言えば、文学が好きな人間には自己に固執しすぎるきらいがあり、作品に自己イメージ、しばしば性的コンプレクスを投影することも多い。

ソーシャル・メディアで発言される内容、そして、発言の読まれ方は、その延長だと考えることもできる。
根拠を問うことなく、自分の信じたい内容を信じる。違う意見があれば、フェイク・ニュースと言う。
自己イメージに合ったものを信じ、そうでないものは切り捨て、時には断罪する。

文学作品は、客観的な情報を伝えるものではないために、読者の主観が重要だとする考え方は強い。しかし、そうした読み方は、ソーシャル・メディアへの接し方とほとんど変わらない。

文学作品を読む時にも、それなりの作法がある。
その作法を学ぶことで、自己イメージを作品に投影するのではない読み方を身につけることができるだろう。
そして、それこそが、現代社会において必要とされる情報受信の方法だといえる。

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小林秀雄の語る中原中也 言葉に触れる体験としての文学

私たちが最初に文学作品を読むのは、多くの場合、小学校での授業だろう。そこで、どこが好きとか、どこが面白かったとか尋ねられ、感想文を書かされたりする。
中学や高校になれば、作者の思想を考えたり、心情を推察したりし、それについての自分の考えを言わされたりもする。
そんな時、「自由に解釈していいと言いながら、正解が決まっている」という不満を抱いたりすることもある。

こうした読み方をしている限り、文学を好きになるのはなかなか難しい。というのも、文学作品に接する第一歩はそこにはないから。

では、作品と読者が触れ合う第一歩はどこにあるのか?

読者が眼にするのは文字。文字の連なりを辿っていくと、理解の前に、感触がある。比喩的に言えば、読書とは、「見る」よりも先に「触れる」体験だといえる。
その「感触」は「理解」と同時に発生しているのだが、多くの場合、「理解」だけが前面に出て、「感触」は意識に上らないままでいる。

その「感触」は決して感想ではない。むしろ実際の「触覚」に近く、ほとんど身体感覚だといえる。

中原中也の死に関して小林秀雄が書いた文章を読み、言葉の運動を体感してみよう。

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中原中也 骨 “自分が自分を見る” 可笑しさ 

中原中也の詩の中ではとても珍しいのだが、「骨」は、悲しみも苦しみも感じさせず、ユーモラスで、朗らかな感じが全体を包んでいる。
死んだ自分が自分の骨を見ているという内容とは相容れない屈託のなさがある。
しばしば中也の道化的な言葉の裏には憂鬱や悲しみがあるが、この詩には暗い影がさしていない。

もし、自己の存在感のなさから来る不安とか、中也の表情が見えず彼の衰弱を露呈しているとか、中也の孤独感、苦々しい自嘲といったものと読み取るとしたら、それは、読者の持つ中也像や内心の感情を、この詩に投影しているのかもしれない。

自分の骨を見る自分という構図から、骨を取り除くと、臨死体験的なことではなく、単に自分を見る自分になる。自分を反省するとか、自己分析するというのであれば、誰もが経験があるだろう。
とりわけ、若い時には、自分とは誰か、どのような存在なのか、考えることがある。

自己分析をすれば、暗くなる。
それは当たり前のことだ。自分の中をのぞき込むのは、ロダンの「考える人」。
メランコリーに取り憑かれた、憂鬱な人間の典型的なポーズに他ならない。

別の言い方をすると、主体としての「私」が、客体としての「私」を見ることになる。
それが「自分を知る」ためには不可欠な行為と考えられることも多い。

中也は、「骨」を通して、そのような「自分が自分を見る」行為を滑稽に描き、最後にそれとは違う認識の形を提示する。だからこそ、この詩には暗い陰がなく、むしろ、少しばかり皮肉なユーモアが感じられる。

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中原中也 汚れつちまつた悲しみに…… “傷ついた抒情精神を歌う”

「汚れつちまつた悲しみに……」は、中原中也の詩の歌心をはっきりと教えてくれる。

4行から成る4つの詩節が一見規則正しく並び、一行の拍数も7/5調を基本としてほぼ一定。
その整然とした枠組みの中に、微妙なニュアンスが加えられ、単調さを感じさせない。
例えば、「汚れつちまつた悲しみ」がわずか16行の詩の中で8回も反復されるが、格助詞の「に」と「は」が巧みに使い分けられ、独特の味わいを生み出している。

内容面では、前半部では外の風景が描かれ、後半部では感情や心の中の思いが表現される。そして最後に、「日は暮れる……」と外の風景に戻る。

詩全体を通して、一度も悲しみの主体に関する言及がなく、何が悲しいのか、なぜ悲しいのか、誰が悲しいのかさえ明らかにされない。
それにもかかわらずなのか、それだからこそなのか、読者は悲しみを自分の悲しみであるかのように思いなし、歌を口ずさむように、「汚れつちまつた悲しみに」と繰り返し口ずさむことになる。

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中原中也 サーカス まどろむ悲しみ

Bernard Buffet, The Trapeze Artists

「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」。
このオノマトペ(擬音語・擬態語)が「サーカス」の印象を決定付けると言っても過言ではない。
中原中也は、この音の塊を、「仰向いて眼をつぶり、口を突き出して、独特に唱った」という。

詩の中心をなす単語一つを取り上げるとしたら、「ノスタルジア」。
かつて愛していたけれど今はない何か。その何かに対する切ない想い。郷愁。

どこか淋しげだけれど、しかし、「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」と揺れるブランコが、揺り籠のように心を揺らし、まどろませてくれる。

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吉田秀和の語るフォーレ「月の光」 ヴェルレーヌ、ドビュシー、中原中也

吉田秀和は、『永遠の故郷 夜』の最初の章で、中原中也の話から始め、ヴェルレーヌへと向かい、ガブリエル・フォーレ作曲の「月の光」について語る。

付録のCDで吉田が選んだのは、ルネ・フレミングの歌。ルネ・フレミングは、アメリカ出身のトップクラスのソプラノで、特に声の美しさで有名だという。

「月の光」の章はこんな風に始まる。

 中原中也にフランス語の手ほどきをしてもらったといっても、それは高校一年のせいぜい一年あまりのこと。その終わりころ、私はヴェルレーヌの詩集の全集を買った。フランス製仮綴じ白表紙の本で、全部で五巻か六巻、十巻まではなかったと思う。この全集は、なぜか当時珍しくないものでいろんな店にあり、私は神保町の古本屋で金五円で買ったのだった。
 中原の詩を知れば、誰だってヴェルレーヌが読みたくなって当たり前。両者の血縁関係は深くて濃厚である。また彼は酔うとよく詩を朗読したが、そういう時はヴェルレーヌの詩の一節であることがよくあり、« Colloque sentimental(感傷的対話)»など終始出てきて、これを読む彼の身振りは今でも思い出せる。ただし、私はこの詩はあんまり好きではなかった。
 逆に好きだった一つが« Claire de lune(月の光)»

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中原中也 朝の歌 吉田秀和の思い出の中の「歌う中也」 

中原中也の詩が音楽性に富んでいることは、彼の詩句を声に出してみればすぐに感じる。
では、彼はどんな音楽に親しんでいたのだろうか?

そんな問いに応えてくれるのが、日本を代表する音楽評論家、吉田秀和(1913-2012)が中也の思い出を語った文章だ。彼の思い出によると、中也は、自作の詩、フランスの詩、そして和歌も、声に出して歌っていた。

その脣(くちびる)は胠(ひら)ききって
その心は何か悲しい。
頭が暗い土塊(つちくれ)になって、
ただもうラアラア唱ってゆくのだ。(中原中也「都会の夏の夜」)

吉田の思い出を辿りながら、中也がどんな風にラアラア歌っていたのか、少しだけのぞいてみよう。

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中原中也 時こそ今は・・・ 人生と作品

中原中也は、自分の人生で起こったことを題材として取り上げ、赤裸々に詩の中で語るかのような印象を与える詩人である。

「時こそ今は・・・」の中の「泰子」は長谷川泰子だろうし、「冬の長門峡」は現実の長門峡の情景を前提とし、「帰郷」で歌われる「私の故郷」は山口県の湯沢温泉を指す。
中也の詩は、彼の人生の具体的な出来事を契機として生み出されたと考えていいし、詩の理解にはそれらの出来事の知識が大いに役立つ。

しかし、詩の言葉を全て現実の出来事に関連付け、詩人の人生から作品を解釈するとしたら、詩としての価値を大きく減らすことになってしまう。
たとえ個人的な出来事を歌った詩であっても、それが読者の心を打つためには、普遍性を持つ詩句である必要がある。
こう言ってよければ、詩人の仕事は、何を語るかと同時に、どのような言葉を選択し、それらの言葉をどのように配置し、一つの詩的世界を構築するかにかかっている。
出来上がった作品は、現実から独立し、詩としての価値を持つ。
だからこそ、読者は、中也の詩句を読み、たとえ彼の人生を知らなくても、心を動かされるのだ。

こうした人生と作品の関係について、「時こそ今は・・・」を読みながら、少しだけ考えてみよう。

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中原中也 六月の雨 歌の生まれる場

中原中也は耳の詩人であり、彼の詩は声に出して読んでみると、歌を歌う時と同じような心地よさがある。
彼は子供の頃、和歌を数多く読み、地元山口県の新聞に投稿などしていた。
詩人になってからも、5音と7音の詩句を使い、日本人の体に染みついている和歌や俳句のリズムを活かし、詩に音楽性を与えていった。

詩句に音楽を。
フランスの詩人ヴェルレーヌが掲げた詩法を、中也は日本の伝統的な歌=和歌の音節数を持つ詩句で実現したといってもいいだろう。

しかし、それだけではなく、中也の詩は、子守歌の歌心と音楽性を取り入れ、赤ん坊を揺するように読者の心を揺すり、ノルタルジーとメランコリーの中にまどろませる。
その具体的な例として、佐々木幹郎は『中原中也』(ちくま学芸文庫)の中で、「六月の雨」と「ねんねんころりよ おころりよ」を取り上げている。

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