ボードレール 「異国の香り」 Charles Baudelaire « Parfume exotique » エロースの導き

Paul Gauguin, Jour délicieux

ボードレールの詩の中には、むせかえるような官能性から出発して、非物質的な恍惚感、至福感に至るものがある。
「異国の香り(Parfum exotique)」は、その代表的な作品。
目を閉じ、愛する女性の胸に顔を埋める。すると、彼女の身体の熱と香りが、詩人を異国へと運んでいく。

その異国の島は、後の時代の画家ポール・ゴーギャンの絵画を見ると、私たちにも連想しやすい。

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マラルメ 海の微風 Mallarmé « Brise marine » 無(Rien)の歌

Paul Cezanne, Le golfe de Marseille, vue de l’Estaque

「海の微風(Brise marine)」は、その題名だけで、すでにとても美しい。
4音節が、2(Bri/se)/2(Marin(e))に別れ、それぞれに [ ri ]の音が入り、バランスが取れていている。

第一詩句は、« La chair est triste, hélas ! et j’ai lu tous les livres. »
12音節が6音節・6音節と真ん中で句切れ、その中で、[ l ]と[ r ]、そして母音[ e ]が何度も反復され、心地よい音の流れが出来上がる。
そこに、[ t ]と[ i ]の音が、triste / tous … livresと反復され、海辺に爽やかな風が吹き寄せる効果を生み出している。

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ポール・ヴァレリー 「海辺の墓地」 Paul Valéry « Le Cimetière marin » 4/4

第19詩節で言及された、生を生き、「私」から離れない、真の齧歯類(le vrai rongeur)とは何か?

墓石の下では死者たちを蝕み、個体を崩し、大地にしてしまう。
では、地上では、何をかじるのか?
その対象は、「正確さに対する限りない欲望」を抱いた意識ではないだろうか。

その欲望が「私」を苛み、意識は、自己へ向かう愛、あるいは憎しみになる。

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ポール・ヴァレリー 「海辺の墓地」 Paul Valéry « Le Cimetière marin » 3/4

第10詩節から第19詩節にかけて、墓地に眠る死者たちに関する瞑想を中心に、現実と不在、個と普遍、肉体と精神に関する問いかけが行われる。
10詩節60行に及ぶ詩句は安易に理解できるものではなく、理解するためには精神の集中が必要になる。

まず最初に、詩句の音楽性を感じるため、もう一度youtubeで朗読を聞いておこう。(第10詩節は、4分35秒から。)

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ラ・フォンテーヌ 熊と庭の愛好者 La Fontaine « L’Ours et l’amateur des jardins » 閉じこもりと触れあい

コロナウィルスのためにフランス中で外出禁止例が出され、多くの人が必要な場合以外、家から外に出ない状態(confinement)が続いている。(2020年3月27日現在。)
そんな時、ファブリス・ルキーニがネット上で、ラ・フォンテーヌの寓話「熊と庭の愛好者」L’Ours et l’amateur des jardinsを朗読したことが話題になっている。
https://www.actualitte.com/article/monde-edition/confinement-fabrice-luchini-nous-lit-les-fables-de-la-fontaine/99871

この寓話、フランス的なユーモアと皮肉がたっぷりで、実に面白い。

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ポール・ヴァレリー 「海辺の墓地」 Paul Valéry « Le Cimetière marin » 2/4

第5詩節から第9詩節において、「私(Je)」が「魂(âme)」に語り掛けるという行為を通して、変化=動きが生まれる瞬間が捉えられている。

その変化とは、「私」の中で魂と肉体が分裂すること。
それはまだ完全には起こっていず、今起こりつつあるか、未来(futur)に起こりうる出来事として提示される。
その意味で、5つの詩節で描かれる事象は、思考の冒険に他ならない。

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ポール・ヴァレリー 「海辺の墓地」 Paul Valéry « Le Cimetière marin » 1/4

ポール・ヴァレリーの「海辺の墓地(Le Cimetière marin)」は、詩人が、生まれ故郷である南フランスのセットにある墓地に腰を下ろし、地中海の美しい海を眺め、瞑想にふけるところから始まる。そして、様々な思索を繰り広げた後、堀辰雄の訳で有名な「風立ちぬ、いざ生きめやも」という詩句をきっかけにし、現実へと意識を移すところで、終わりを迎える。

10音節の詩句が6行で一つの詩節を構成し、それが24続く長い詩を、4回に分けて読んでいこう。

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イヴ・ボンヌフォワ 「雨蛙 夕方」 Yves Bonnefoy « Les Rainettes, le soir » 俳句的?

イヴ・ボンヌフォワ(1923-2016)は、現代フランス最高の詩人。
フィリップ ・ジャコテ(1925- )とともに、俳句を高く評価し、俳句の精神をフランス詩の中に取り入れた詩人でもある。

幸い、ボンヌフォワが松山市で俳句について行った講演記録の日本語訳を、ネット上で読むことが出来る。
http://haikusphere.sakura.ne.jp/tra/2000/bonnefoy%20lecture-j.html

詩集『曲がる板(Les Planches courbes)』の冒頭に置かれた「雨蛙、夕方(Les rainettes, le soir)」は、芭蕉の古池に飛び込む蛙たちの声をフランスの詩人が耳で捉えた証なのかもしれない。

第一詩節は雨蛙たちの声から始まる。

I

Rauques étaient les voix
Des rainettes le soir,
Là où l’eau du bassin, coulant sans bruit,
Brillait dans l’herbe.

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メンデルスゾーン、ショパンの「舟歌」とヴェルレーヌのこの上なく美しい詩

ヴェルレーヌが1874年に出版した詩集『言葉なき恋愛(Romances sans paroles)』は、メンデルスゾーンのピアノ曲集『言葉なき恋愛(Lieder ohne Worte)』に由来すると言われている。

メンデルスゾーンのピアノ曲集には、「ベニスのゴンドラ乗りの歌」と題された曲が3つ入っている。
同じように、ベルレーヌの詩集にも舟歌がある。
「クリメーヌに」。
「神秘的な舟歌(Mystiques barcarolles)」という詩句で始められる。

作曲家と詩人を繋ぐものとして、もう一つの舟歌があるかもしれない。
それが、ショパン晩年の曲「舟歌」。フランス語の曲名は、Barcarolle。
ヴェルレーヌが、« Mystiques barcarolles »綴ったとき、メンデルスゾーンだけではなく、ショパンの曲も心に思い描き、二人の舟歌が詩人の内部で鳴り響いていただろう。

そうして出来上がった詩「クリメーヌに」は、ヴェルレーヌの中でも、最も美しい。

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アルチュール・ランボー博物館 Musée Arthur Rimbaud à Charlevilles-Mézières

パリから電車で約2時間のところに、ランボーの故郷シャルルヴィルがある。
現在はシャルルヴィル=メジエール市。
電車を降りると、詩人の胸像がすぐに見えてくる。

ポール・ヴェルレーヌとのスキャンダルもあり、生前や死の直後はシャルルヴィルの恥だと考えられていた「呪われた詩人」が、今ではフランス最高の詩人の一人として、市の誇りなのだ。

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