フロベール 『ボヴァリー夫人』冒頭 2/3 Flaubert, Madame Bovary, incipit, 2/3

新入生の描写が終わると、また物語が展開し始める。

On commença la récitation des leçons. Il les écouta de toutes ses oreilles, attentif comme au sermon, n’osant même croiser les cuisses, ni s’appuyer sur le coude, et, à deux heures, quand la cloche sonna, le maître d’études fut obligé de l’avertir, pour qu’il se mît avec nous dans les rangs.

教わったことの復唱が始まった。彼は耳を集中させてそれを聞いた。お説教を聞くみたいに注意をこらし、足を組みもせず、肘をつくこともなかった。2時になり、鐘が鳴った。その時、先生は、時間が来たことを知らせ、ぼくたちの並んでいる列に入るよう、促さないといけなかった。

復唱する主語として、フロベールは「ぼくたち」ではなく、一般的な人を指す« on »を使う。「ぼくたち」を使い続ける単調さを避けるためという理由もあるだろうが、先生が声を出して先導するという含みも持たせたと考えることもできる。
新入生も一緒に声を出したかもしれない。

続きを読む

フロベール 『ボヴァリー夫人』冒頭 1/3 Flaubert, Madame Bovary, incipit, 1/3

Eugène Giraud, Gustave Flaubert

ギュスターブ・フロベールの『ボヴァリー夫人』は、レアリズム小説の代表的な作品と言われると同時に、19世紀後半以降の文学や芸術の源流の一つとも考えられている。実際、そのどちらの面も兼ね備えているが、それ以上に、素晴らしい文章が織りなす小説世界は、傑作中の傑作と断言できる。
冒頭の一節(incipit)を読みながら、その魅力を実感してみよう。

続きを読む

言葉の裏を読む 太宰治とラ・ロシュフコー

太宰治が『風の便り』という小説の中で、次のように書いている。

あいつは厭な奴だと、たいへんに好きな癖に、わざとさう言い変へているような場合が多いので、やり切れません。思惟と言葉との間に、小さな歯車が、三つも四つもあるのです。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/283_15064.html

言葉と気持ちの間にズレ(歯車)があるために、言葉の表面的な意味だけでは相手の本当の気持ちを知ることができない。
自分でも言いたいことがうまく言えないことがあるし、相手が嘘をついていることもある。だから、言葉だけでは信じられない。
本心を知りたいけれど、言葉を通して読み取った気持ちが本心かどうかはわからない。

こんな現代人の気持ちを、太宰治はとても上手に汲み取っているので、『斜陽』が今でも一番売れている小説なのだろう。

続きを読む

マラルメ 「蒼穹」 Mallarmé « L’Azur » 初期マラルメの詩法

マラルメの詩は難しい。それは日本人の読者にとってだけではなく、フランス人にとっても同じこと。なぜこんなに「難解(obscur)」なのだろう。

日本では本来の難解さに、別の問題が加わった。
マラルメ紹介の初期、東大教授だった鈴木信太郎が中心的な役割を果たした。彼の訳文は難しい漢字のオンパレードで、普通の読者には理解不可能なものだった。
その上、マラルメの詩が、言語の根底を問い直す哲学的な側面を持っているため、逆に読者は「難解さ」に安住する傾向が出来上がってしまった。わからなくて当たり前という風潮。分からないものをありがたがるインテリの読者。。。

その一方で、音楽性は顧みられず、マラルメの詩を声に出して読むことは冒瀆と考えられる時代があったという。詩の音楽性が重要であることは、マラルメ自身が強く主張している。音声軽視は、日本のマラルメ受容にとって大変に不幸なことだった。

初期のマラルメが自らの詩法を展開した「蒼穹(L’Azur)」を読み、彼が詩をどのように捉えていたのか見ていくことにしよう。

続きを読む

ヴェルレーヌ「詩法」 Verlaine « Art poétique » 何よりも先に音楽を La musique avant toute chose

詩は大きく分けると、歴史や神話を語る叙事詩と、個人の思いや感情を吐露する抒情詩に分類される。
19世紀のフランスでは、抒情詩が詩の代表と考えられるようになり、それに伴い音楽性がそれまで以上に重視されるようになった。
とりわけ、19世紀後半の詩人達、ボードレール、ヴェルレーヌ、ランボー、マラルメたちの詩句は音楽的である。

ポール・ヴェルレーヌの「詩法」« Art poétique »は、「何よりも先に、音楽を」という詩句で始まり、抒情詩=音楽の流れを見事に表現している。

実際、ヴェルレーヌ自身大変に音楽的な詩人であり、彼の詩は数多くの作曲家によって曲を付けられ、現在でもしばしば歌われている。
https://bohemegalante.com/2019/04/13/verlaine-musique-philippe-jaroussky/

続きを読む

ネルヴァルの名刺(裏面) 「アルテミス」  Gérard de Nerval « Artémis »

アレクサンドル・デュマに渡した名刺の裏面に書き付けられた「アルテミス」では、オルフェウスによって暗示された神秘に関する、ネルヴァル的開示がなされる。
(名刺の表面に書かれた「エル・デスディチャド」を参照)
https://bohemegalante.com/2019/05/12/el-desdichado-carte-de-visite-nerval-endroit/

Apollon et Artémis

アルテミスは、ローマ神話ではダイアナと同一視され、狩りと月の処女神であるが、ギリシア神話の中では、ゼウスとレートーと間に生まれた子どもで、アポロンの双生児とされている。

名刺の表側の「私」がフェビュス(アポロン)であるならば、裏面にアルテミスの名前があることに驚きはない。

しかし、詩の内容は、ギリシア・ローマ神話とはかなり異質であり、謎めいている。「アルテミス」では、オルフェウス的詩人の神秘に関して、なぞなぞのようなゲーム感覚で詩句が展開する。

続きを読む

ランボー「母音」 Rimbaud, « Voyelles » ボードレールを超えて  Au-delà de Baudelaire

「母音」« Voyelles»はランボーの詩の中でも傑作とされ、多くの読者を引きつけてきた。しかし、何度読んでも難しい。なぜこんなに難解な詩が高く評価されるのだろうか。

その魅力を知るためには、ランボーが目指したものを知り、一つ一つの詩句をじっくりと読んでみるしかない。

その試みに挑んだら、ソネを構成する14行の詩句の解説に、12,000字程度費やすことになってしまった。長い長い解説。。。

続きを読む

フランス語の詩を読むために

せっかくフランス語を勉強したら、フランス語の詩の美しさを味わいたいと思うのが、自然な流れだろう。
そこで大切になることが、詩法に関する知識。
フランス語の韻文詩は明確な規則に従って作られてきたので、規則を知ることが理解の基礎になる。

1)詩とはどのようなものか ー 音楽性、絵画性
2)韻文の形式 ー 音節数、韻(音節数、男性/女性、韻の連続)
3)音楽性 ー リズム、音色
4)音、リズムと意味の関係

続きを読む

ネルヴァルの名刺(表面) 「エル・デスディチャド(不幸者)」  Gérard de Nerval « El Desdichado »

ジェラール・ド・ネルヴァルの「エル・デスディチャド(不幸者)」と題されたソネットを最初に公にしたのは、アレクサンドル・デュマだった。
彼は、1853年12月10日付けの「銃士」という新聞の中で、ネルヴァルに関してかなり茶化した紹介文を書いた。

数ヶ月前から精神病院に入っている詩人は、魅力的で立派な男だが、仕事が忙しくなると、想像力が活発に働き過ぎ、理性を追い出してしまう。麻薬を飲んでワープした人たちと同じように、頭の中が夢と幻覚で一杯になり、アラビアンナイトのような空想的で荒唐無稽な物語を語り出す。そして、物語の主人公たちと次々に一体化し、ある時は自分を狂人だと思い、別の時には幻想的な国の案内人だと思い込んだりする。メランコリーがミューズとなり、心を引き裂く詩を綴ることもある。

続きを読む

クローデルのお地蔵様

ポール・クローデル(1868−1955)は、フランス大使として1921年から27年まで日本に滞在し、日本の文化を深く理解したフランスの作家。
また、彼は敬虔なカトリック教徒でもあり、西洋的な感性と東洋的な感性の出会いを体現している。

そのクローデルの『百扇帖』Cent phrases pour éventailsと題された詩集の中に、お地蔵さまをうたった詩がある。

La nuit
Approche ta joue de ce bouddha de pierre
et ressens combien la journée a été brûlante


頬を石の仏様に近づけてごらん
感じてごらん 今日の日差しがどんなに強かったか

続きを読む