中原中也 一つのメルヘン 生=美の原型

中原中也の詩は抒情的で、読者をうっとりとさせてくれる。しかし、彼を実際に知っていた人たちの証言では、とにかく人にからみ、みんなに厭な思いをさせたらしい。

有名なのは、太宰治と一緒に飲んでいる時のこと。中也が太宰に言う。
「何だ、おめえは。青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって。全体、おめえは何の花が好きだい?」
太宰は、今にも泣き出しそうな声で、「モ、モ、ノ、ハ、ナ」と応え、悲しい薄笑いを浮かべる。
「チエッ、だからおめえは。」と中原は言い、その後、乱闘が始まった。
(檀一雄『小説 太宰治』より)

ある作家は、中原を直接知らない読者は幸せだと言った。彼を知っていたら、詩を読んでも、彼の厭な姿が思い浮かんできてしまう、と。

私たちは普通、人柄が文章に反映すると考えがちだ。「文は人なり。」と言われれば、容易に納得する。
しかし、「からみ」体質の中也の筆から、「一つのメルヘン」のような清浄で静謐な詩が生まれる。
詩人の中で、何が起こっているのだろう?

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ボードレール 群衆 Baudelaire « Les Foules » 都市 群衆 モデルニテの美

Edouard Manet, La Musique aux Tuileries

ある時代に当たり前だったことが、ある時から当たり前ではなくなることがある。そして、新しい当たり前が出来上がると、前の時代に当たり前だったことが何か忘れられてしまう。

現代の都市に住む私たちにとって、隣人さえ知らないことがあり、同じ町内の人を知らないなど当たり前すぎる。町内の人をみんな知っている方が驚きだ。

では、小さな村に住んでいるとしたら、どうだろう。今でもみんな知り合いで、会えば必ず挨拶する。一言二言言葉を交わし、家族のことを聞いたりするかもしれない。人間的な触れあいのあるコミュニティ。暖かくもあれば、鬱陶しくもある。
その中に知らない人間が入ってくれば、異邦人であり、侵入者と見なされる。未知は恐怖の対象になる。

Honoré Daumier, Les Trains de plaisir

フランスでは18世紀末の大革命の後、急激に産業化が進み、都市に大量の人々が流入した。パリでは人口が50万人から100万人に倍増したといわれている。

そうした中で、「当たり前」の大変革が起こった。
自分の住む場所が、「知り合いの町」から「未知の人々の都市」へと変化し、一人一人が「特定の名前を持った個人」から「不特定多数で匿名の存在」にすぎなくなる。

21世紀には当たり前の匿名性が、19世紀前半から半ばにかけては驚くべきことだった。だからこそ、作家や画家たちは、新しい事態に直面し、驚き、作品のテーマとした。
ホフマン、バルザック、トマス・ド・クインシー、エドガー・ポー、ドーミエ、コンスタンタン・ギーズ等々。

1861年、シャルル・ボードレールも、彼らに倣い、パリという大都市にうごめく人々を、「群衆(Les Foules)」のテーマとして取り上げた。群衆という言葉自体、非人称で誰とは同定できない、不特定多数の人間の集合体を指す。
ボードレールはパリの町を歩き回り、群衆の中に紛れ込む。

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吉田秀和の語るフォーレ「月の光」 ヴェルレーヌ、ドビュシー、中原中也

吉田秀和は、『永遠の故郷 夜』の最初の章で、中原中也の話から始め、ヴェルレーヌへと向かい、ガブリエル・フォーレ作曲の「月の光」について語る。

付録のCDで吉田が選んだのは、ルネ・フレミングの歌。ルネ・フレミングは、アメリカ出身のトップクラスのソプラノで、特に声の美しさで有名だという。

「月の光」の章はこんな風に始まる。

 中原中也にフランス語の手ほどきをしてもらったといっても、それは高校一年のせいぜい一年あまりのこと。その終わりころ、私はヴェルレーヌの詩集の全集を買った。フランス製仮綴じ白表紙の本で、全部で五巻か六巻、十巻まではなかったと思う。この全集は、なぜか当時珍しくないものでいろんな店にあり、私は神保町の古本屋で金五円で買ったのだった。
 中原の詩を知れば、誰だってヴェルレーヌが読みたくなって当たり前。両者の血縁関係は深くて濃厚である。また彼は酔うとよく詩を朗読したが、そういう時はヴェルレーヌの詩の一節であることがよくあり、« Colloque sentimental(感傷的対話)»など終始出てきて、これを読む彼の身振りは今でも思い出せる。ただし、私はこの詩はあんまり好きではなかった。
 逆に好きだった一つが« Claire de lune(月の光)»

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ボードレール 2021年4月9日 200歳の誕生日

2021年4月9日はシャルル・ボードレールの200歳の誕生日。
1821年4月9日にパリで生まれたボードレールは、1867年8月21日パリで死んだ。しかし、彼の詩は21世紀になってもフランスで最も読まれている詩人でもあり、現在の美意識にも大きな影響を及ぼし続けている。

古典的な美が均整と調和をベースとし、いつの時代に誰が見ても美しいと感じるとしたら、ボードレールが生み出した「モデルニテ」の美は、モードであり、時代とともに変化し、前の時代には醜いものと見なされていたかもしれず、次の時代には時代遅れと感じられるかもしれない。

しかも、モデルニテの美は、それ自体を説明する原理を含んでいる。自己表現しながら、自己批評する。完成品であると同時に、パフォーマンスでもある。

現在ネット上で大量に流されている映像は、しばらく前にはとても美の基準には入らないものだった。むしろ、醜いと見なされたもの。それが、それまでの美とは違う新たな美として自己主張を始め、美として受け入れられる。
そうした美の源流にあるのが、ボードレールの美学だといえる。

2021年4月9日のQuotidienでは、アンブル・シャリュモーのプレゼンテーションがあり、次にフランスの文学研究者として一般にもよく知られた学者アントワーヌ・コンパニョンのインタヴューが放送された。

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中原中也 朝の歌 吉田秀和の思い出の中の「歌う中也」 

中原中也の詩が音楽性に富んでいることは、彼の詩句を声に出してみればすぐに感じる。
では、彼はどんな音楽に親しんでいたのだろうか?

そんな問いに応えてくれるのが、日本を代表する音楽評論家、吉田秀和(1913-2012)が中也の思い出を語った文章だ。彼の思い出によると、中也は、自作の詩、フランスの詩、そして和歌も、声に出して歌っていた。

中也自身も、詩の中でこんな風に言っている。

その脣(くちびる)は胠(ひら)ききって
その心は何か悲しい。
頭が暗い土塊(つちくれ)になって、
ただもうラアラア唱ってゆくのだ。(中原中也「都会の夏の夜」)

吉田の思い出を辿りながら、中也がどんな風にラアラア歌っていたのか、少しだけのぞいてみよう。

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星の王子さま フランスでの出版から75年

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『星の王子さま』がアメリカで最初に出版されたのは、第2次世界大戦がまだ続く1943年。その後、1946年4月6日にフランスでも出版された。

2021年4月6日放送のQuotidienでは、ちょうど出版後75年ということで、『星の王子さま』の人気の秘密が簡単に紹介されている。

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日本人と言葉 2015年カンヌ映画祭における是枝裕和監督『海街 Diary』公開記者会見を通して

2015年のカンヌ映画祭において、是枝裕和監督の『海街 Diary』の公開記者会見が行われた。
その際の受け答えで、是枝監督が作品の意図を言葉で分析的、論理的に伝えているのに対し、四人の女優は感想や印象といった個人的な思いを語ることに重きを置いている。

日本人のコミュニケーションの理想は、「言わずもがなの関係」の中、「あうんの呼吸」でわかりあえることかもしれない。そして、「言わなくても分かり合え、言葉にしなくても通じ合う」ことが最も好ましい人間関係だとすると、言葉は、本質的には、それほど必要とされていないのかもしれない。

論理的で明確な意味を伴った言葉は違いを生み出す可能性もあり、避けられることもある。
そこで、感想や印象といった個人的な思いを伝え、相手はその感情を受け取り、共感に基づく人間関係が成立する。
日本の中にいると当たり前すぎて気づかないのだが、一歩日本から外に出てみると、そうした日本的言語表現に気づくことがある。

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中原中也 時こそ今は・・・ 人生と作品

中原中也は、自分の人生で起こったことを題材として取り上げ、赤裸々に詩の中で語るかのような印象を与える詩人である。

「時こそ今は・・・」の中の「泰子」は長谷川泰子だろうし、「冬の長門峡」は現実の長門峡の情景を前提とし、「帰郷」で歌われる「私の故郷」は山口県の湯沢温泉を指す。
中也の詩は、彼の人生の具体的な出来事を契機として生み出されたと考えていいし、詩の理解にはそれらの出来事の知識が大いに役立つ。

しかし、詩の言葉を全て現実の出来事に関連付け、詩人の人生から作品を解釈するとしたら、詩としての価値を大きく減らすことになってしまう。
たとえ個人的な出来事を歌った詩であっても、それが読者の心を打つためには、普遍性を持つ詩句である必要がある。
こう言ってよければ、詩人の仕事は、何を語るかと同時に、どのような言葉を選択し、それらの言葉をどのように配置し、一つの詩的世界を構築するかにかかっている。
出来上がった作品は、現実から独立し、詩としての価値を持つ。
だからこそ、読者は、中也の詩句を読み、たとえ彼の人生を知らなくても、心を動かされるのだ。

こうした人生と作品の関係について、「時こそ今は・・・」を読みながら、少しだけ考えてみよう。

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中原中也 六月の雨 歌の生まれる場

中原中也は耳の詩人であり、彼の詩は声に出して読んでみると、歌を歌う時と同じような心地よさがある。
彼は子供の頃、和歌を数多く読み、地元山口県の新聞に投稿などしていた。
詩人になってからも、5音と7音の詩句を使い、日本人の体に染みついている和歌や俳句のリズムを活かし、詩に音楽性を与えていった。

詩句に音楽を。
フランスの詩人ヴェルレーヌが掲げた詩法を、中也は日本の伝統的な歌=和歌の音節数を持つ詩句で実現したといってもいいだろう。

しかし、それだけではなく、中也の詩は、子守歌の歌心と音楽性を取り入れ、赤ん坊を揺するように読者の心を揺すり、ノルタルジーとメランコリーの中にまどろませる。
その具体的な例として、佐々木幹郎は『中原中也』(ちくま学芸文庫)の中で、「六月の雨」と「ねんねんころりよ おころりよ」を取り上げている。

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ラシーヌ 恋は毒

ラシーヌの悲劇は、人間の弱さを描き、そこに美を生み出すという点では、日本的な感性に受け入れられやすいといえる。

必至に運命に立ち向かい、何とか理性を働かせて、自分を保とうとする。しかし、追い詰められると、どうにもならない感情にとらわれ、愛が憎しみに反転し、自分を押さえることができなくなる。
その葛藤の中で、もがき苦しむ。倫理的な行動を取ろうとすればするほど、自分を責める心持ちが強くなり、苦しみも深まる。
美は、まさに、そこに生まれる。

17世紀前半を代表する悲劇作家コルネイユの主人公たちは、義務と情の選択を迫られると、最終的には恥を避け、義務を選択する。栄誉こそが彼らの最高の価値であり、彼らは「あるべき」行動を取ることで、愛も獲得することができる。

それに対して、ラシーヌの主人公たちは、報われることのない恋愛から逃れられない運命にあり、愛と憎しみの間で揺れ動き、意志とは反対の方向に進んでいく。
17世紀後半、「あるがまま」の姿が自然であると見なされる時代になり、ラシーヌは、感情に逆らいながらも最後には感情に負け、崩れ落ちる人間のあり様を描いたのだといえる。

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