日本が最も華やかな文化を成熟させたのは、平安時代と江戸時代だといってもいい。

その二つの時代、外国に対して一定程度、国を閉ざす政策の下、それまで吸収してきた異国の文化が国内で醸成され、日本独自の素晴らしい芸術作品が生み出された。例えば、平安時代であれば『源氏物語』、江戸時代であれば数々の浮世絵である。
外国文化が大量かつ急速に流入しているとき、人々は新しいものを次々に受け入れることに追われ、それまでに取り入れたものを十分に咀嚼する時間を持つことが難しい。外部から取り入れたものは、しばしば表面的に受容され、次に新しいものが現れると、すぐに忘れ去られてしまいがちである。
しかし、外国からの刺激がある程度抑えられると、それまでに吸収してきた文化をじっくりと受け止め、それを自分たちの感性や価値観に合わせて変形させる時間が生まれる。外から受け入れた文化が、そのまま模倣されるのではなく、国内で咀嚼され、消化され、やがて独自の表現へと変わっていくのである。
平安時代や江戸時代に見られる日本独自の文化の成熟には、こうした時間が重要な役割を果たしたと考えることができる。鎖国、あるいは対外的な交流を大きく制限する政策は、外国文化を遮断するだけのものではなく、それまで受容してきた文化を国内で熟成させる時間を生み出す機会にもなったのである。
ただし、一つだけ注意しておきたいことがある。
平安時代については、遣唐使停止後も大陸文化との交流が完全に途絶えたわけではなく、江戸時代も「鎖国」とはいっても、長崎・対馬・薩摩・松前などを通じて対外交流が続いていた。したがって、二つの時代にも外国文化の流入はある程度あった。ただ、その流入量が限定されることで、それまでに受け入れた外来文化を国内で咀嚼し、熟成させる期間が生まれたのである。
つまり、文化は単に外部から刺激を受け続けることによって発展するわけでもなければ、逆に外部との交流を完全に断つことによって生まれるわけでもない。外から新しいものを取り入れ、それを国内で咀嚼し、自分たちのものへと変えていく。その二つの過程があってこそ、独自の文化が成熟していくのだ。
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