ボードレール 「腐った屍」 Baudelaire « Une Charogne » 奇妙な恋愛詩

第5ー7詩節では、腐敗の様子が詳細に描かれる。

Les mouches bourdonnaient sur ce ventre putride, 
D’où sortaient de noirs bataillons
De larves, qui coulaient comme un épais liquide
Le long de ces vivants haillons.

蠅たちがブンブンうなっていた、腐った腹の上で。
そこからウジ虫の黒い大群が湧き出、
濃い液体のように流れていた、
生命あるボロ着に沿って。

Tout cela descendait, montait comme une vague, 
Ou s’élançait en petillant ;
On eût dit que le corps, enflé d’un souffle vague, 
Vivait en se multipliant.

そこに見える全てが、波のように、下り、上り、
ぴちぴちと飛び跳ねていた。
それはちょうど、肉体が、おぼろげな息吹で膨れ上がり、
増殖しながら、生きているかのよう。

Et ce monde rendait une étrange musique, 
Comme l’eau courante et le vent, 
Ou le grain qu’un vanneur d’un mouvement rhythmique
Agite et tourne dans son van.

その世界は、奇妙な音楽を奏でていた、
流れる水のような、風のような、
穀物の粒のような。リズミカルな動きで、
箕の中、動き、回転する粒。

Rembrandt, Le Bœuf écorhée

犬の死体にハエやウジ虫がたかり、腐敗し、分解していく。
そのぞっとする光景を描きながら、この3つの詩節は躍動感に溢れ、生き生きとし、リズミカルである。

命のないはずの屍でありながら、生あるぼろの服(vivants haillons)と名指され、生きていた(vivait)と明言される。

なぜなら、ハエやうじが動き、死に生を与えているからである。
ハエはブンブンと音を立て、聴覚を刺激する。
ウジ虫は、横に流れるように動くだけではなく、上下に動き回る。しかも、ピチピチと音を立て、視覚だけではく、聴覚の刺激にも加わる。

詩人はそこに、水の流れ、風の音、穀物を箕で選り分ける時のようなリズミカルな音楽を聞き取る。

これは、第3詩節で言及された偉大な自然に被造物を100倍にして返すことを意味するだろう。
普通はおぞましく醜いと捉えられるものも、美しいものと同様に、生命が宿り、運動し、音を奏で、自然の生命の一部であることに変わりない。

第5ー7詩節は、屍に命を与え、醜を美に変換する視点を見事に表現している。

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