ランボーの「酔いどれ船」は傑作と言われ、パリのサン・シュルピス教会のすぐ横にある壁には、100行の詩句全部が書かれている。

しかし、意気込んで読んでみても、難しくて理解できないところが多い。
この詩のどこに、多くの読者を惹きつける魅力があるのだろう。
今から、4行詩が25節続く詩の大海原に、船を漕ぎだしてみよう。
続きを読むランボーの「酔いどれ船」は傑作と言われ、パリのサン・シュルピス教会のすぐ横にある壁には、100行の詩句全部が書かれている。

しかし、意気込んで読んでみても、難しくて理解できないところが多い。
この詩のどこに、多くの読者を惹きつける魅力があるのだろう。
今から、4行詩が25節続く詩の大海原に、船を漕ぎだしてみよう。
続きを読むボードレールの散文詩「酔いたまえ」を、イタリア生まれの俳優で歌手のセルジュ・レジアニがささやく。
こほほどセクシーな朗読が他にあるだろうか。
ボードレールはとても美しいことを書いていると言った後、レジアニは、詩人の詩句を自分の言葉のように語り始める。
しかも、最後には、詩句にはない一言を加えてしまう。あたかも自分の詩であるかのように。
フロベールの『ボヴァリー夫人』は、レアリスム小説の傑作と言われる。しかし、その素晴らしさはなかなか理解されないらしく、フランスの高校の先生たちも教えるのに苦労しているらしい。
あらすじだけ追えば、平凡な夫に愛想を尽かした妻が、不倫と浪費の末に、自殺する話。しかも、描写が長く、話がなかなか進まない。なぜこれが傑作なのだろうと思う人も多いだろう。
そこで、アウエルバッハの『ミメーシス』の一節を参考にしながら、レアリスムとは何か、『ボヴァリー夫人』はその中でどのような特色があり、素晴らしさはどこにあるのか、探っていくことにする。
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16世紀のプレイアッド詩派の詩はしばしばメロディーをつけて歌われた。
ピエール・ド・ロンサールの「女性を飾る自然」« Nature ornant la dame »。
ポリフォーニーで歌われている。
ルネサンス期の音楽は、破綻がなく、調和がとれ、耳に心地よく響く。その中でも、パレストリーナ(Giovanni Pierluigi da Palestrina)の曲は、絵画でいえば、ラファエロの母子像を思わせる美しさを持っている。

このラファエルの1枚を見ながら、「キリエ」を聞いてみよう。
「忘れられたアリエッタ その1」は、ヴェルレーヌの詩の精髄がそのままの形で詩になっている。この詩を理解することで、「ヴェルレーヌ的」とは何か、そしてなぜ彼の詩が日本でこれほど愛されているのか、理解することができる。
「忘れられたアリエッタ」と題された9つの小さな詩は、『言葉なきロマンス(Romances sans paroles)』に収録され、1874年に出版された。

1874年は、第一回印象派展が開催され、モネの「印象・日の出」から、印象派という名称が生まれた年。
印象派の画家たちからの直接的な影響はないとしても、同時代的な表現法の類似が、ヴェルレーヌの詩との間に見出されることは確かである。
ヴェルレーヌの生涯でいえば、ランボーとのイギリスでの生活が破綻し、ブリュッセルのホテルで彼の手を銃で撃ち、監獄に入れられていた時期。
その頃の詩作はランボーとの相互的な影響作用で、音楽性がもっとも強く打ち出されていた。「何よりも先に音楽を」と歌った「詩法」が書かれたのも、1874年。
https://bohemegalante.com/2019/06/16/verlaine-art-poetique/
「詩法」の中で、詩句を音楽的にするためには奇数の音節数が大切だとしている。「忘れられたアリエッタ その1」は、全て7音節の詩句からなり、奇数音節が実践されている。
続きを読む1872年、ランボーはヴェルレーヌと二人、パリから逃れてベルギーに向かう。その旅の間に二人が見た物、感じたことは、ベルギーを対象にした二人の詩の中に定着されている。
ランボーの「アマランサスの花の列」(Plates-bandes d’amarantes…)は、そうした詩の中の一つ。
その詩には、大通りの様子らしいものが描かれているのだが、ランボーの詩の言葉は、現実から飛び立ち、疾走する。
詩としての出来栄えに関しては、それほど高く評価できるものではないかもしれない。しかし、ランボーの詩的想像力の動きを理解するためには、最適の詩だといえる。
続きを読むオディロン・ルドンは1840年に生まれ、19世紀の後半から20世紀の前半にかけて活動した画家。
彼の絵画は、平面的で単純化された物の形を、幻想的で神秘的な線や色彩で描き出し、暗示的、象徴的な雰囲気を漂わせている。
彼の絵画の中で、とりわけ面白いのが目をテーマにしたもの。
普通、目は現実のものを見る。しかし、ルドンの目は、見えないものが見えるようだ。
ネルヴァルの「黄金詩篇」は、エピグラフにピタゴラスの詩句とされる言葉を挙げ、ピタゴラス教団の教えを唱えるお題目のような雰囲気を持っている。

ピタゴラスという名前を聞くと、ピタゴラスの定理を思いだし、数学者だと思うかもしれない。三角形の底辺の2乗は、他の2辺の2乗の和に等しいという、誰もが知る定理。
しかし、ピタゴラスは、万物は全て数で成り立つと唱えた古代ギリシアの哲学者で、秘儀的な宗教教団の中心人物でもあった。その教団は、ピタゴラス派と呼ばれる。
「黄金詩篇」はその教団の信条を詩句にしたもの。
ネルヴァルは、最初にこの詩を発表した時、「古代の思想(« Pensée antique »)」という題名を与えていた。この「古代」は「近代」と対立し、人間の思考の二つの型を連想させる。一方は合理的思考。もう一方は理性的理解を超えた思考。
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