芥川龍之介 「桃太郎」 読解の3つのレベル  2/3  桃太郎は「天才」

(2)桃太郎は「天才」

白黒のポートレート写真で、考え込む表情の男性。

芥川龍之介が語る「桃太郎」では、鬼ヶ島での鬼退治が、桃太郎一団による侵略として描かれていることを確認した。しかし、そうした理解だけでは、こぼれ落ちてしまう部分がある。そのことは、物語の最後で桃太郎のような存在を「天才」と呼んでいる一節を読むと、はっきりと見えてくるはずである。

物語の冒頭では、深い山の奥に大きな桃の木が数多くあり、その一つの実を八咫烏がついばむと、実が地上に落ち、桃太郎が生まれたというエピソードが語られた。そして物語の最後では、これからも「未来の天才」が桃の実の中から生まれてくるというのである。

人間の知らない山の奥に雲霧(くもきり)を破った桃の木は今日(こんにち)もなお昔のように、累々(るいるい)と無数の実(み)をつけている。勿論桃太郎を孕(はら)んでいた実だけはとうに谷川を流れ去ってしまった。しかし未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。あの大きい八咫鴉(やたがらす)は今度はいつこの木の梢(こずえ)へもう一度姿を露(あら)わすであろう? ああ、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。…… (芥川龍之介「桃太郎」)

平和に暮らす鬼たちの島を侵略し、宝物を奪い、若者たちを人質として連れ去った桃太郎が、なぜ「天才」といえるのだろうか。天才と呼ばれる人間が、それほど非人間的で、倫理に反する行動をするのだろうか。そんな疑問が湧いてくるのではないだろうか。

古い本の表紙、装飾的なデザインと日本語のタイトルが書かれている

この疑問に答えるためには、現在私たちが持っている「天才」のイメージだけでは十分ではない。芥川がこの物語を執筆した大正時代に、「天才」がどのように考えられていたのかを知る必要がある。そして、その手がかりとなるのが、イタリアの精神科医・犯罪人類学者チェーザレ・ロンブローゾの『天才論』である。大正3年(1914年)にその翻訳が出版されると、日本でも広く読まれることになった。

ロンブローゾは、天才と精神異常との間に密接な関係があると考え、天才に見られる並外れた創造力や独創性を、精神的な異常性と切り離して考えることはできないとした。彼の議論では、芸術家や科学者、宗教家などの偉大な人物に見られる並外れた才能だけでなく、奇異な行動や性格上の特徴もまた、天才という存在を理解するうえで重要なものとされる。

このような「天才」観を踏まえると、芥川の桃太郎には、たしかに「天才」と呼ばれる人物としての特徴が認められる。第一に、人間を超えた存在であることが、その出生によって示されている。
桃太郎を宿した桃の木の根は、日本神話の黄泉の国にまで達していて、イザナギがイザナミによって送られた追っ手に対して投げつけた桃に由来するものだった。しかも、その木は「世界の夜明以来、一万年に一度花を開き、一万年に一度実をつけていた」ものだった。

しかしある寂しい朝、運命は一羽の八咫鴉(やたがらす)になり、さっとその枝へおろして来た。と思うともう赤みのさした、小さい実を一つ啄(ついば)み落した。実は雲霧(くもきり)の立ち昇(のぼ)る中に遥(はる)か下の谷川へ落ちた。谷川は勿論(もちろん)峯々の間に白い水煙(みずけぶり)をなびかせながら、人間のいる国へ流れていたのである。(芥川龍之介「桃太郎」)

飛翔するタカのイラスト、翼を広げて特徴的な黄色い爪を見せている

日本神話の中で、八咫烏は、神武天皇の東征の際、熊野から大和への道を案内した導きの神である。ここでは、その八咫烏が「運命」の化身として描かれている。桃太郎は、そうした「運命」によって選ばれた特別な存在として、人間を超えた性格を与えられている。

そして、その桃太郎は、「日本一の黍団子」を使って、仲が悪く扱いにくい3匹の家来たちを言葉巧みに従わせ、鬼という恐ろしい敵に「建国以来の恐ろしさ」を与え、あっという間に鬼ヶ島を征服する。そして、奪った宝物を携え、「得々(とくとく)と故郷へ凱旋」する。

ここで描かれているのは、単なる武勇ではない。桃太郎は、出生そのものが人間を超えたものであり、さらに、他者を従わせ、敵を圧倒し、目的を達成する並外れた能力を持っている。その能力が倫理的に正しい方向へ使われているかどうかとは別に、彼が普通の人間とは異なる、突出した能力の持ち主として描かれていることは明らかである。

この意味で、芥川の桃太郎は、ロンブローゾ的な「天才」のイメージと重なる部分を持っている。彼は、人間の尺度を超えた出生と能力を持ち、しかも、その能力を常人には思いもよらない仕方で発揮する存在なのである。

。。。。。

しかし、別の側面から見ると、平和を愛する鬼の島を侵略し、「あらゆる罪悪」を犯した桃太郎の行為は、非人間的で、倫理に反するものだといえないだろうか。それが、なぜ「天才」の行為なのだろうか。

この点についても、ロンブローゾの天才論は、一つの答えを準備している。そして、それは芥川龍之介自身もはっきりと意識していたことだった。

大正8年(1919年)に発表された「路上」には、ロンブローゾの名前が登場する。そして、新田という精神科医が、次のように語る場面が描かれている。

それから新田は、初子(はつこ)と辰子(たつこ)との方へ向いて、予(あらかじ)め俊助が依頼して置いた通り、精神病学に関する一般的智識とでも云うべきものを、歯切れの好いい口調で説明した。彼は俊助の先輩として、同じ高等学校にいた時分から、畠違(はたけちが)いの文学に興味を持っている男だった。だからその説明の中にも、種々の精神病者の実例として、ニイチェ、モオパッサン、ボオドレエルなどと云う名前が、一再ならず引き出されて来た。
「いや、実際厳密な意味では、普通正気(しょうき)で通っている人間と精神病患者との境界線が、存外はっきりしていないのです。況(いわ)んやかの天才と称する連中(れんじゅう)になると、まず精神病者との間に、全然差別がないと云っても差支えありません。その差別のない点を指摘したのが、御承知の通りロムブロゾオの功績です。」
(・・・)
「(・・・)成程天才は有為(エフィシエント)だろう。狂人は有為(エフィシエント)じゃないに違いない。が、その差別は人間が彼等の所行(しょぎょう)に与えた価値の差別だ。自然に存している差別じゃない。」
 (芥川龍之介「路上」)

ここで新田は、天才と精神病者との間には本質的な差がないというロンブローゾの学説を紹介したうえで、天才を考えるうえで重要な価値観を示している。それは、天才と狂人の「所行」が有為であるかどうか、つまり社会にとって有用なものであるかどうかという評価そのものが、人間によって与えられた価値にすぎないという考えである。

「有為」とは、ここでは単に「役に立つ」という意味ではない。天才の仕事を社会的に有用なものとして評価し、狂人の行為を無用なものとして退けるという区別そのものが、人間の側から与えた価値判断だというのである。

この考え方に従えば、天才の行為を評価する際に、それが社会にとって有用かどうかという基準だけで判断することはできなくなる。まして、その行為が既存の倫理や道徳に反しているからといって、ただちに「天才ではない」とすることもできない。

思索にふける男性の肖像写真

そして、このような「既成の価値に対する問い直し」という考え方は、新田の言葉の中に名前が登場するドイツの哲学者ニーチェとも重なってくる。ニーチェは、『善悪の彼岸』をはじめとする著作において、既成の「善悪」という価値基準そのものを問い直し、既存の道徳に無批判に従うことのない思考を展開した。

さらにニーチェの思想には、自らの力を拡大し、自己を超えていこうとする「力への意志」という概念がある。既成の価値に従うのではなく、自らの力を発揮し、新たな価値を生み出そうとする存在として天才を捉えるならば、そこにはロンブローゾの天才観とも通じるものが見えてくる。

このような視点から見ると、桃太郎の鬼征伐も、別の意味を持ってくる。桃太郎は、鬼たちにとっては侵略者であり、彼らの平和な生活を破壊する存在である。しかし、その行為が倫理的に正しいかどうかという問題と、桃太郎が並外れた能力を持つ存在であるかどうかという問題は、必ずしも同じではない。

もし「天才」を、既存の善悪や社会的価値の枠内で評価される人物ではなく、常人にはない突出した能力を発揮し、既存の秩序そのものを超えていく存在として捉えるならば、桃太郎の鬼征伐は、まさに「天才」の行為として理解することができるのである。


考えている表情の若い男性の肖像。

以上のように考えてくると、芥川版「桃太郎」は、「天才」の一例を描いた物語として一応の結論に達する。しかし、鬼退治の後日談が付け加えられ、そこに「桃太郎は必ずしも幸福に一生を送った訣(わけ)ではない」という一節が置かれていることを考えると、芥川は「天才」について、もう一つ別の側面を考えていたのではないかと思えてくる。

「天才は幸福なのか。」

それが、芥川龍之介が自らに課した疑問だったのではないだろうか。そして、この問題は、芥川自身にもかかわる重大な自問だった可能性がある。

まず、芥川の実母・フクは精神を病んでいたことが知られている。大正15年(1926年)に発表された「点鬼簿」は、「僕の母は狂人だった」という一節から始まる。
そして、狂気が遺伝するのではないかという恐怖が、芥川の人生と文学に大きな影を落としていたと考えられている。

この「狂気」と「天才」との関係を考えるうえで、芥川にとって重要だったのが、唯一の師と仰いでいた夏目漱石である。

人間の脳の模型が横から見える画像。脳の側面と表面の構造が詳細に示されている。

漱石が亡くなった際には脳の解剖が行われ、その結果、漱石の脳は通常の日本人より75グラム重く、脳の皺も複雑であるという報告が発表された。
一方、漱石は生涯にわたって神経衰弱や胃潰瘍などに苦しみ、晩年には糖尿病も患っていた。また、イギリス留学中には、政府の人間や周囲の人間から監視されているという強い被害的な妄想を抱き、家族を困惑させていたことも知られている。
この漱石の脳を解剖した病理学者・長與又郎は、ロンブローゾの『天才論』を引き合いに出し、天才と精神異常との関係に言及した。漱石に見られた被害的な妄想なども、非凡な天才に特有の精神状態と結びつけて考えようとしたのである。

芥川にとって、母の「狂気」と、師である漱石の「天才」が、このように「狂気と天才」という一つの問題の中で結びついていたと考えることはできる。そうだとすれば、芥川自身もまた、自分の中に「狂気」と「天才」の両方を感じ、それに対する恐れを抱くと同時に、「天才の人生は幸福なのか」という問いを、自らに投げかけていたのではないだろうか。

そして、その問いに対する一つの答えを、芥川は鬼退治後の桃太郎に投影した。そんなふうに考えてみたい。

鬼の子供は一人前(いちにんまえ)になると番人の雉を噛かみ殺した上、たちまち鬼が島へ逐電(ちくでん)した。のみならず鬼が島に生き残った鬼は時々海を渡って来ては、桃太郎の屋形(やかた)へ火をつけたり、桃太郎の寝首(ねくび)をかこうとした。何でも猿の殺されたのは人違いだったらしいという噂(うわさ)である。桃太郎はこういう重(かさ)ね重(がさ)ねの不幸に嘆息(たんそく)を洩(も)らさずにはいられなかった。
(・・・)
その間も寂しい鬼が島の磯(いそ)には、美しい熱帯の月明(つきあかり)を浴びた鬼の若者が五六人、鬼が島の独立を計画するため、椰子(やし)の実に爆弾を仕こんでいた。
(芥川龍之介「桃太郎」)

鬼の島で杖を持った半裸の男性のイラスト。背中には模様があり、森の背景が描かれている。

桃太郎の故郷では、家に放火され、命を絶え間なく狙われ、お供だった猿まで殺されてしまう。一方、鬼ヶ島でも、桃太郎の支配からの独立が計画され、若者たちは爆弾を準備している。

こうした状態になってしまえば、そもそも何のための鬼征伐だったのかも分からなくなる。そして、桃太郎の行為が社会にとって「有為(エフィシエント)」だったのかどうかを問うことさえ、意味を失ってしまうだろう。

ここには、前半で見た「天才」のもう一つの側面が浮かび上がってくる。並外れた能力を持ち、既存の価値や秩序を超えて行動する「天才」は、必ずしも幸福な人生を送るわけではない。むしろ、その突出した能力によって大きな成果を上げたとしても、その結果として周囲との対立や孤独を抱えることもある。

このように考えると、「桃太郎」を執筆した大正13年(1924年)の時点で、芥川が「天才」について示した答えの一つは、「天才は必ずしも幸福とはいえない」というものだったのではないだろうか。


芥川版「桃太郎」は、反戦主義的な作品として読むこともでき、「天才」論として読むこともできる。しかし、その二つの読解にとどまらず、鬼ヶ島が「美しい天然の楽土」と描かれていることや、「お前たちも悪戯をすると人間の島へやってしまうよ」という鬼の母の言葉に注目すると、そこから第3の読み方も見えてくる。

次は、鬼ヶ島と人間の島との対比に基づく、相対主義的な読解を試みることにしよう。(3/3に続く)

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