ボードレール 「小さな老婆たち」 Baudelaire « Les Petites Vieilles » 3/5

ボードレールはヴィクトル・ユゴーへの手紙の中で、「小さな老婆たち」について、ユゴーのいくつかの詩の模倣をしたと書いていた。

その際、彼が頭に置いていた詩の一つは、『東方詩集(Les Orientales)』に納めされた「亡霊たち(Fantômes)」だろう。

その詩は、「ああ! 私は見たのだった、数多くの若い娘たちが死んでいくのを!(Hélàs ! que j’en ai vu mourir de jeunes filles !)」という詩句から始まり、様々な少女たちが、一人一人、数え上げられ、人生の儚さが歌われる。

ユゴーの詩の雰囲気は、友人の画家ルイ・ブランジェの絵画によっても知ることができる。

ボードレールは、「小さな老婆たち」の第2部で、まず最初に三人の女性に呼びかける。

(朗読は、2分10秒から。)

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ボードレール 「小さな老婆たち」 Baudelaire « Les Petites Vieilles » 2/5

第1詩節で、「私」が見たいと望む「独特な存在(singuliers êtres)」には、矛盾する二つの特質が付与された。
それらは、「老いさらばえている(décrépits)」けれど、「魅力的(charmants)」でもある。

第2詩節から第9詩節にかけては、その存在についての詳細な描写がなされていくのだが、決して「老婆(vieilles)」という言葉が使われない。
もしその単語が使われると、それを受ける代名詞は女性形のellesになる。
しかし、ボードレールは最初に「怪物(monstres)」と呼び、男性単語を使うために、代名詞は男性形のilsが使われ続ける。
そのことで、老婆には女性性が失われているかのような印象が生み出される。

(ilsと書かれていても「彼女たち」としてしまう方がわかりやすいのだが、ボードレールがあえてilsとしていることを考慮し、以下に付す日本語では、代名詞を使う場合には「それら」とする。既訳では、「彼ら」としているものもあるが、それでは老婆の意味が消えてしまう。)

第2ー3詩節のポイントとなるのは、「魂(âmes)」と「謎かけの絵(rébus)」。

rébus

Ces monstres disloqués furent jadis des femmes,
Éponine ou Laïs ! Monstres brisés, bossus
Ou tordus, aimons-les ! ce sont encor des âmes.
Sous des jupons troués et sous de froids tissus

Ils rampent, flagellés par les bises iniques,
Frémissant au fracas roulant des omnibus,
Et serrant sur leur flanc, ainsi que des reliques,
Un petit sac brodé de fleurs ou de rébus ;

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ボードレール 「小さな老婆たち」 Baudelaire « Les Petites Vieilles » 1/5

「小さな老婆たち(Les Petites Vieilles)」は、「七人の老人(Les Sept vieillards)」と共に、ボードレールが1869年9月にビクトル・ユゴーに送った詩。
その際、二つの詩には「パリの亡霊たち(Fantômes parisiens)」という総題が与えられていた。

その手紙の中で、ボードレールはとりわけ「小さな老婆たち」に関して、次のように書いている。

二番目の詩(「小さな老婆たち」)は、「あなたを模倣することを目指して」書いたものです。(私のうぬぼれを笑って下さい。自分でも笑っています。)あなたの詩集から何編かを読み返しました。素晴らしい慈悲の心が、感動的な親密さと混ざり合っているものです。私は時々、絵画展で、惨めな画学生が巨匠の作品を模写するのを見てきました。巧みに描かれたものも、稚拙なものもありました。でも、彼らの模写の中に、彼らの知らないうちに、時に、彼ら自身の性質に由来する何かが含まれていることがありました。優れたもののことも、卑俗なこともありました。

ここでボードレールは、「模倣」にも、模倣した人間の「性質(nature)」が反映すると考えていることがわかる。
としたら、ユゴーの詩の模倣の試みである「小さな老婆たち」にも、ボードレールの気質の反映が見られるはずであり、それが1860年前後のボードレールという詩人の特質になっているかもしれない。

「模倣」について考えるために、絵画の例を見ておこう。

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ボードレール 「七人の老人」 Baudelaire « Les Sept Vieillards » 2/2

「七人の老人」の後半、第8詩節からは、老人の数が増え始める。そして、不思議な雰囲気が漂うようになる。
(朗読は1分45秒から)

Son pareil le suivait : // barbe, oeil, dos, bâton, loques,
Nul trait ne distinguait, // du même enfer venu,
Ce jumeau centenaire, // et ces spectres baroques
Marchaient du même pas // vers un but inconnu.

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ボードレール 「七人の老人」 Baudelaire « Les Sept Vieillards » 1/2

シャルル・ボードレールは1859年5月の手紙の中で、「パリの亡霊たち(Fantômes parisiens)」と題され、その後「七人の老人(Les Sept Vieillards)」という題名を与えられる詩について、新しく試みている連作の最初のものであり、これまで詩に定められてきた限界を超えるのに成功したと記している。

それは、1857年に出版した『悪の華(Les Fleurs du mal)』が裁判で有罪を宣告され、6編の詩が削除を命じされた後、第2版の出版に向け、新しい詩を模索している時のことだった。

4行詩が13節連ねられ、全部で52行から成る「七人の老人」は、前半の7詩節と後半の6詩節に分けて理解することができる。
前半は、パリの情景と一人の老人の出現。
後半は、その老人が7人にも8人にも見える幻覚症状。

詩法としては、一行の詩句や一つの詩節に意味を収めることとされてきた伝統的な詩法に対して、新しい詩を模索するボードレールは、あえて意味と詩句の対応を破壊した。すると、そのズレた部分が詩句のリズムを変え、特定の言葉にスポットライトを当てることになる。

内容的には、「美は常に奇妙なもの」とか「美は常に人を驚かす」とするボードレールの美学が、「七人の老人」の中で具現化されていると考えることができる。

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「ボヴァリー夫人は私(Madame Bovary, c’est moi)」は本当にフロベールの言葉?

『ボヴァリー夫人』に関する文章を読んでいると、フロベールが「ボヴァリー夫人は私(Madame Bovary, c’est moi.)」と書いたとか、質問に答えて言ったと、至る所に書かれている。しかし、はっきりした根拠が示されることはあまりない。

ルーアン大学にあるフロベール・センターを統括するイヴァン・ルクレール教授が、インタヴューの中で、その言葉の由来について語っている。

フロベール『ボヴァリー夫人』 文章の音楽性

2021年は、1821年生まれたのギュスターヴ・フロベールの生誕200年の年だった。そこで数多くの催しが開催されたが、一つのテレビ番組の中で、『ボヴァリー夫人』の文章の音楽的な美しさを感じるために俳優が抜粋を朗読し、ピアニストがショパンの「 夜想曲 第20番 嬰ハ短調 遺作」 を演奏する場面があった。
こうした例は、フランスでは、詩だけではなく、小説においても、文章の音楽性が重要であることを示している。

ボードレール 白鳥 Baudelaire Le Cygne モデルニテの詩 2/2

第1部では、「古いパリはもはや存在しない。(町の形は/変わってしまう、ああ! 人の心よりももっと早く。)」という確認がなされた後、古いパリの姿が心の中に描き出され、「過去」に対するメランコリックな憧れが強く表出された。

第2部でも、「パリは変わりつつある!」と、時間の経過とともに過去が失われ、全てが変わってしまうという考察が最初に取り上げられる。
しかし、第1部とは違い、「私」の意識は過去に向かうのではなく、現在に留まり続ける。つまり、「私は考えている(Je pense)」という行為そのものに焦点が絞られる。

第1詩節ではその原理が開示され、続く詩節からは具体例が示されていく。

(朗読は1分45秒から)

II

Paris change ! mais rien dans ma mélancolie
N’a bougé ! palais neufs, échafaudages, blocs,
Vieux faubourgs, tout pour moi devient allégorie,
Et mes chers souvenirs sont plus lourds que des rocs.

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ボードレール 白鳥 Baudelaire Le Cygne モデルニテの詩 1/2

シャルル・ボードレール(Charles Baudelaire)の「白鳥(Le Cygne)」について、最も優れたボードレール研究者だったクロード・ピショワは、ボードレールの詩の中で、そしてフランス詩の中で、最も美しいものの一つと断言している。

その詩の書かれた1859年頃、パリは変貌を遂げつつあった。
1850年くらいから古い街並みが壊され、新しい街並みが生まれつつあった。「白鳥」は、そうした変貌を背景にし、まさに変わりつつあるルーブル宮のカルーゼル広場を歩きながら、一羽の白鳥の姿を想い描く。その姿を通して、社会も人間の心も文化も芸術も、全てが新しい時代へと移行していく「今」を捉え、「美」を抽出する。

その変化は、ボードレールの詩においては、19世紀前半のロマン主義的なものから、19世紀後半のモデルニテと呼ばれるものへの移行でもあった。こう言ってよければ、美の源泉が、「ここにないもの(過去、夢、内面、地方、自然など)へのメランコリックな憧れ」から、「今という瞬間=永遠」へと変わっていく。その流れを主導したのが、ボードレールだった。

ここではまず、現在ではルーブル美術館の入り口としてガラスのピラミッドが立てられているカルーゼル広場に関して、変貌前(1846年)と変貌後(1860年)の姿を確認しておこう。

広場の中心あたりにはカルーゼル門が立っていることは変わらない。しかし、1846年にはその奥にごちゃごちゃと立ち並んでいた建物群があるが、1860年の絵画ではきれいに取り払われている。その違いをはっきりと見て取ることができる。

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2022年1月15日 モリエール生誕400年

モリエールは、1622年1月15日に生まれ。2022年1月15日は、彼の生誕400年にあたる。
そのことは文化省(Ministère de la Culture)のホームページにも記され、今年一年、モリエール関係の様々な催しが予定されている。
https://www.culture.gouv.fr/Actualites/400e-anniversaire-Moliere-notre-contemporain

フランスでは今でもモリエールの芝居が数多く上演され、400年前に書かれた言葉のまま人々に理解され、親しまれている。
1622年と言えば、日本では江戸時代の初期。当時の言葉は今では理解が難しいことを考えると、現代のフランス語が17世紀にほぼ出来上がっていたことが理解できる。

また、一人の作家が大きなイベントとして扱われることは、文化(culture)が現在でもフランス社会の中で意義を保っていることを示しているといってもいいだろう。

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