エッフェル塔とシャイオ宮の間の綱渡り

エッフェル塔とシャイオ宮の間にわずか2.5センチの綱を張り、その上を歩く!映像を見ているだけでドキドキしてしまう。

La traversée de Paris sur un fil

Sentir l’air, le vent, les premières ondulations. La peur du vide est toujours là, dans ses premiers gestes.
Face-à-face depuis longtemps, la Tour Eiffel et le palais de Chaillot ont été réuni ce samedi 18 septembre 2021 le temps d’une promenade en l’air. 

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狂女たちの舞踏会(Le Bal des Folles) メラニー・ロラン監督と原作者ヴィクトリア・マスのインタヴュー

アマゾンプライムで公開された「狂女たちの舞踏会(Le Bal des Folles)」は、19世紀後半、精神病院に入院させられた女性たちをテーマにした作品。
監督のメラニー・ロランと、原作となった小説の作者ヴィクトリア・マスのインタヴュー。

12分からは、ジュリエット・アルマネットとビラール・アサニという二人の歌手を加えた4人のPlaylist.

ジェラール・ド・ネルヴァル 「シルヴィ」 Gérard de Nerval, Sylvie エルムノンヴィルにて

ジェラール・ド・ネルヴァルの代表作の一つ「シルヴィ」の中で、主人公の「私」は、パリの劇場の舞台に姿を現す女優に夢中になり、そこから連想の糸に導かれて、幼い頃を過ごしたパリ北方に位置するヴァロワ地方で出会ったアドリエンヌやシリヴィのことを思い出す。

その小説の中では、パリとヴァロワ地方、現在と過去が巧みに組み合わせられ、最終的には、全てが「私」から失われる物語が展開する。

ここでは、9章「エルムノンヴィル」を取り上げ、ネルヴァルが、現実に存在する風景をかなり忠実に再現しながら、どのような言葉を紡いで現実に厚みを付け加え、彼の文学世界を構成していくのか、その過程を見ていこう。


パリから馬車でヴァロワ地方に戻った「私」は、お祭りで踊っているシルヴィと再会し、翌日も彼女に会いに行こうとする。

 Plein des idées tristes / qu’amenait ce retour tardif / en des lieux si aimés,/ je sentis le besoin /de revoir Sylvie /, seule figure / vivante / et jeune encore / qui me rattachât à ce pays. / Je repris la route de Loisy. / C’était au milieu du jour ;/ tout le monde dormait, / fatigué de la fête. Il me vint l’idée / de me distraire / par une promenade à Ermenonville, / distant / d’une lieue / par le chemin de la forêt. / C’était par un beau temps d’été. /

私はとても悲しい気持ちに満たされていた。こんなに時間が経ってから、大好きだった所に戻って来たためだった。シルヴィにもう一度会う必要があると感じた。彼女だけが、生き生きとし、今も若々しい姿をしていて、私をこの地方に結び付けているのだ。私は再びロワジー(注:シルヴィの住む村)への道を歩き始めた。真昼だった。誰もがまだ眠っていた。お祭りで疲れていたのだ。ある考えが頭に浮かんだ。エルムノンヴィルを散策すれば、気晴らしになるだろう。エルムノンヴィルは、森の道を通って、4キロほど先にある。夏らしい素晴らしい天気だった。

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フランソワ・オゾン監督 ソフィー・マルソー主演 Tout s’est bien passé 安楽死をテーマにした映画

安楽死をテーマにした映画はこれまでにもあったが、フランソワ・オゾン監督がそのテーマをどのように扱うかは大変に興味深い。

2021年のカンヌ映画祭に出品された”Tout s’est bien passé”がその映画。9月22日から公開されるのを前にして、オゾン監督と主演のソフィー・マルソーが”Quotidien”に出演している。


ジェラール・ド・ネルヴァルのヴァロワ地方

ジェラール・ド・ネルヴァルは様々な作品の中で、幼年時代を過ごしたヴァロワ地方を描いた。
「フランスの心臓が鼓動する古い土地」とネルヴァルが呼んだその地方は、現在でも美しい姿を保っている。
古いフランスの民謡「ルイ王の娘(La fille au roi Louis)」と「ルノー王(Le Roi Renaud)」をバックに、自然豊かなヴァロワ地方の美を感じてみよう。

現在ジャン・ジャック・ルソー公園になっている地は、「シルヴィ」の第9章「エルムノンヴィル」で主人公が散策をする場面の中に描き込まれている。

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近未来の自動車

近い将来、自動車がどのようになるか紹介するニュース。

Terre augmentée : découvrez les voitures du futur

Quand on pense aux voitures du futur, on imagine tout de suite les voitures autonomes, qui se conduisent toutes seules. On s’y dirige progressivement, mais beaucoup d’innovations vont transformer les véhicules avant cela, à commencer par la couleur. On pourra changer cette dernière autant de fois qu’on le souhaite, grâce des pigments intelligents intégrés dans la peinture du véhicule. 

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ジェラール・ド・ネルヴァル 「散歩と思い出」 散文のポエジー Gérard de Nerval Promenades et Souvenirs 8/8

「8.シャンティイ」は、次のような結末で終わる。
「パリに住むところはないのだから、なぜこのまま、この放浪する家(馬車)の中に留まらないのだろうか? しかし、今はもう、「緑の放浪生活」を送るような気まぐれに従う時ではない。私は、もてなしてくれた人たちに別れを告げた。雨が止んでいたのだった。」
このように、第1章の開始を告げた「家探しのテーマ」が再び取り上げられ、あえて未解決のままにされることで、「散歩と思い出」を通して語られてきた様々な「散歩」と、その過程で甦ってくる「思い出」には終わりがない、ということが示される。

私たちがふと夢想するとき、とりとめがなく、自分が何かを考えるのではなく、思いの方が自然に浮かんでくる。ネルヴァルも次々に湧き上がってくる連想を、とりとめもなく連ねていくような印象を与える。

読者は、彼の夢想についていくしかない。しかし、そうしているうちに、ネルヴァルの言葉たちが生み出す詩情にいつの間にか捕らえられている自分に気付く。


「8.シャンティイ」

サン・ルーの二つの塔が見えてくる。サン・ルーは丘の上にある村で、オワーズ川に沿った場所からは、鉄道によって切り離されている。砂岩でできた堂々とした姿の高い丘に沿い、シャンティイの方に上っていく。森の端まで来る。ノネット川が、町の一番端にある家々に沿った草原で輝いている。——— ノネット川! 昔ザリガニを釣ったことのある、なんとも愛しい小川の一つ。——— 森の反対側には、ノネット川の姉妹にあたるテーヴ川が流れている。そこで私は溺れそうになったことがある。可愛いセレニーの前で臆病者に見られたくなかったからだった。

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雁と共に空を飛ぶ

雁(oies)を育て、一緒に空を飛ぶ夢を叶えた夫婦の映像。
アヌシー湖(lac d’Annecy)の上を飛ぶ小さな飛行機と雁たちの姿は、文字通り絵のように美しい。

Il vole avec les oies

Qui n’a jamais rêvé de voler comme un oiseau ? 

Lors de notre visite, Dominique Cruciani donnait à manger à ses oies, comme n’importe quels parents de cette espèce. Le pilote d’ULM et Cassandre Schneider ont élevé quatorze bernaches nonnettes. Des oiseaux qui deviennent des compagnons de voyage dans ce reportage. 

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ジェラール・ド・ネルヴァル 「散歩と思い出」 散文のポエジー Gérard de Nerval Promenades et Souvenirs 7/8

「7.北方の旅」の章では、過去の思い出から離れ、再び散策に話が戻される。そして、私たち読者は、再び、ネルヴァルの作品を読むときの面白さと同時に、難しさにぶつかることになる。

ネルヴァルは「現在」の中に「過去の痕跡」をたどり、「現在」に厚みや生命力を付け加えていく。
「7.北方の旅」では、「現在」の代表として鉄道を取り上げ、鉄道の路線から取り残された小さな村への愛を語ることで、「過去」を甦らせていく。

その際、ネルヴァルは同時代の読者であれば普通に知っている事柄を前提に話を進めるため、知識を持たない人間には理解するのが難しい記述が多く見られる。知らない固有名詞が数多く出てくるし、それらの関係もわからないために、文の理解が難しい。

そんな時にはどうしたらいいのか?
私たちは文章の中に知らない要素があっても、文意自体は掴むことができ、知らない要素がどのようなジャンルに属するものなのか推測できる。

Aで生まれたBは、Cと結婚して、Dに住んでいる。

この文の中で、AとCは人間、BとDは地名だろうということが推測できる。

その路程は、セーヌ河とオワーズ川の気まぐれな河床を順に辿りながら、古い北方街道の坂道を一つ二つ避けただけだった。

セーヌ河は誰でも知っているが、オワーズ川は知らない人の方が多いだろう。北方街道も知られていない。しかし、それらが川であり道であることは理解できる。

最初はそうした漠然とした理解に留まりながらも、ネルヴァルの作品を読み進めていくと、いつの間にか、知らなかったはずの名前、例えば、サン・ジェルマン、サンリス、ポントワーズ、オワーズ川等が愛しいものになってくる。
そうなったら、あなたはもうネルヴァルの立派な読者になっているといえる。

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ジェラール・ド・ネルヴァル 「散歩と思い出」 散文のポエジー Gérard de Nerval Promenades et Souvenirs 6/8

「6.エロイーズ」では、青春時代を振り返り、恋愛を通してネルヴァルが詩人となっていく過程が物語られる。

その際、20歳位の時(1828年頃)に雑誌に発表したトマス・ムーアの詩の翻訳(実際には様々な詩の断片をつなぎ合わせた翻案とも言える詩)を引用している。
その詩は、「過ぎ去る時間」に基づき、今のあなたの美も時間とともに衰えるのが定めであり、だからこそ今という時を十分に生き、私を愛して欲しい、という内容を歌っている。その点で、16世紀フランスの詩人ロンサールの詩 「愛しい人よ、さあ、バラを見に行こう」などと似た内容を持つ。

また、章の題名になっているエロイーズに関しては、愛する女性を女王に見立て、その足元に身を投げ出すというエピソードを通して、手の届かない対象に憧れるプラトニスム的な恋愛観をうかがい知ることができる。


「6.エロイーズ」

私の入っていた寄宿舎の近くには、刺繍を仕事にする若い娘たちが住んでいた。その中の一人はラ・クレオールという名前で、私が初めて書いた恋愛詩の相手だった。よく整った目、とても穏やかなギリシア的横顔、私にはそれらが、冷たく厳めしい勉強の慰めとなった。彼女のために、私は、ローマの詩人ホラティウスの詩「ティンダリスに」を韻文で翻訳した。イギリスの詩人バイロンの恋愛詩のリフレインは、こんな風に訳した。

言っておくれ、アテネの乙女よ、
なぜお前はぼくの心を奪ったのか!

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