
「散歩と思い出」の第4章からは、ネルヴァル自身のことが語られ、その話は、祖父から始まり、父と母へと繋がり、彼の子ども時代のエピソードへと続く。
ただし、全てが事実に基づくというわけではなく、晩年に至った作家が、自らの過去を想像力によって作り直している物語だといえる。その狙いは、「今の私は散文で夢見る人間でしかない。」という言葉に込められている。
前の章「歌声結社」の最後で、ネルヴァルはジャン・ジャック・ルソーの『孤独な夢想者の散歩』を思わせる言葉を書き綴った。モンマルトルとサン・ジェルマンでの散策の後、「若い時代」から始まる章では、孤独な夢想者に相応しい過去のエピソードが語られていく。
4.若い時代
偶然が私の人生の中で非常に大きな役割を果たしたので、偶然が私の誕生を支配した特別なやり方について考えても、驚きはない。誰でも同じことだ、と言われるかもしれない。しかし、誰もが自分の話をする機会を持つわけではない。

一人一人が語ったとしても、悪いことではない。一人の経験はみんなの宝なのだ。
ある日、馬が一頭、エーヌ川沿いの緑の芝生から逃げ出し、灌木の間に姿を消した。木々の暗い茂みに入り込み、コンピエーニュの森の中に消え去った。1770年頃のことだ。
馬が森に逃げ込むことは、まれなことではない。しかし、そのこと以外に、私が存在する理由はない。ホフマンが「事物の連鎖」と呼んだことを信じるなら、少なくとも、それが私の存在のもっともらしい理由になる。
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