ボードレールは『1846年のサロン』の中で、肖像画(portrait)を理解するには、二つの様式があるという。一つは歴史、もう一つは小説。
Il y a deux manières de comprendre le portrait, — l’histoire et le roman.
歴史的理解の代表は、例えば、ダヴィッドの「マラーの死」。
小説的理解の代表は、トーマス・ローレンスの「ランプトン少年像」。ルーベンスの「麦わら帽子」も、後者に含まれるかもしれない



ボードレールは『1846年のサロン』の中で、肖像画(portrait)を理解するには、二つの様式があるという。一つは歴史、もう一つは小説。
Il y a deux manières de comprendre le portrait, — l’histoire et le roman.
歴史的理解の代表は、例えば、ダヴィッドの「マラーの死」。
小説的理解の代表は、トーマス・ローレンスの「ランプトン少年像」。ルーベンスの「麦わら帽子」も、後者に含まれるかもしれない




ボードレールの絵画論では、現実の対象を見ずに、空想だけで描いたり、過去の傑作をベースにして新しい絵画を描くことは否定された。
絵画は、あくまでも現実のモデルがあり、そこから出発しなければならない。
しかし、モデルをそのまま忠実に再現するのでは、絵画はモデルのコピーでしかないことになる。
『1846年のサロン』の「理想とモデルについて」と題された章で、ボードレールは、線やデッサンを中心にした絵画に焦点を当てながら、モデルとなる対象と、描かれた理想象について考察する。
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「1846年のサロン」の中で、ボードレールはドラクロワについて論じながら、彼自身の絵画論の全体像を提示した。
その絵画論は、ドラクロワの絵画を理解するために有益であるだけではなく、ボードレールの詩を理解する上でも重要な指針が含まれている。
1)芸術についての考え方:インスピレーションか技術か
2)作品の構想と実現:自然(対象)との関係
3)作品の効果
ボードレールは、ドラクロワの絵画に基づきながら、以上の3点について論じていく。
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シャルル・ボードールは、詩人としての活動だけではなく、絵画、文学、音楽に関する評論も数多く公にしている。
それらは詩とは無関係なものではなく、それ自体で価値があると同時に、全てを通してボードレールの芸術世界を形作っている。

『1846年のサロン』は、ボードレール初期の美術批評であるが、後に韻文詩や散文詩によって表現される詩的世界の最も根源的な世界観を表現している、非常に重要な芸術論である。
その中でも特に、「色について(De la couleur)」と題された章は、ボードレール的人工楽園の成り立ちの概要を、くっきりと照らし出している。
しかも、冒頭の2つの段落は、詩を思わせる美しい散文によって綴られ、ボードレール的世界が、言葉によって絵画のように描かれ、音楽のように奏でられている。
まず最初に、ボードレールの色彩論を通して、どのような世界観が見えてくるのか、検討してみよう。
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ピエール・ド・ロンサールが1587年に発表した『エレーヌのためのソネット集(Sonnets pour Hélène)』には、とても皮肉な恋愛詩が収められている。
それが、「あなたが年老い、夕べ、燭台の横で」。
このソネットのベースに流れているのは、「今を享受すること」を主張する思想。だからこそ、詩人は、自分の愛に応えて欲しいと、愛する人に願う。
ロンサールは、ソネットの二つのカトラン(四行詩)と最初のテルセ(三行詩)の中で、動詞の時制が未来形に置かれ、「あなたが年老いた時」のことを描き出す。その時には、あなたの美は失われ、暗い夕べの中で過去を懐かしみ、後悔するだろう、と。
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モーリス・セーブは、16世紀フランスを代表する詩人。
1544年に出版された、『デリー 最も崇高な美徳の対象(Délie, objet de la plus haute vertu)』は、Délie(デリー)と呼ばれる女性(実際の名前は、Pernette du Guillet)への愛を歌った詩集。
ただし、Délieは、L’Idée(イデア)のアナグラムでもあり、イタリアの思想家マルシリオ・フィチーノを経由したネオ・プラトニスムや神秘主義的な思想が、ペトラルカ的な恋愛詩を通して表現されているとも言われる。


Délieは、ギリシア神話の女神ダイアナ(Diane)とヘカテー(Hécate)の別名でもある。
ダイアナは、狩りと月の女神で、男を寄せ付けない。
ヘカテ—は、夜と死の女神であり、冷酷で残忍な女性性を体現する。
従って、デリーを愛することは、苦悩や苦痛の源になる。
しかし、死に匹敵する苦しみを蒙りながら、それを超越することで、愛は甘美なもの(délice)となる。
そこに最も崇高な美徳(la plus haute vertu)がある。

小林秀雄が大学時代、「人生斫断家アルチュル・ランボオ」を、大正15年(1926)10月に発行された『仏蘭西文学研究』 に発表し、翌年には「Arthur Rimbaud」を卒業論文として東大仏文に提出したことはよく知られている。
小林の訳した『地獄の季節』は昭和5年(1930)に初版が出版された。
その翻訳は、小林自身の言葉を借りれば、水の中に水素が含まれるように誤訳に満ちている。しかし、荒削りな乱暴さが生み出すエネルギーはまさにランボーの詩句を思わせ、今でも岩波文庫から発売されている。
個人的には、どのランボー訳よりも素晴らしいと思う。
それと同時に、小林秀雄がランボーから吸収したもの、あるいはランボーとの共鳴関係の中で学んだ詩学は、彼の批評の中に生き続け、言葉に出さなくても、彼の批評には生涯ランボーが生きていたのではないか。
昭和31年(1956)2月に発表された「ことばの力」は、小林の言葉に対する基本的な姿勢を明かすと同時に、ランボーの詩がどのようなものだったのか教えてくれる。
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ルイーズ・ラベは、16世紀半ばにリヨンで活動し、ルネサンス期のフランスを代表する詩人の一人。
彼女の代表的な詩「私は生き、私は死ぬ(Je vis, je meurs)」は、イタリアの詩人ペトラルカに由来するソネットの詩型を用い、愛(Amour)とは何かを歌っている。
2つの四行詩(カトラン)では、私(je)を主語にして、私がある矛盾した感情や感覚に捉えられることが語られる。

3行詩(テルセ)に移ると、私を捉えていたものが愛(Amour)であることが最初に示される。
そこでは、主体は愛になり、私は愛という行為が働きかける対象(me)であることが示される。
そのようにして、14行のソネット全体を通して、愛とは何かという謎解きが行われていく。
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ジョアシャン・デュ・ベレー(Joachim du Bellay)は、プレイアッド派の中心的なメンバーの一人。
イタリアの詩人ペトラルカが用いたソネット形式と、プラトン哲学に基づく愛の概念をフランスに導入することに、大きな役割を果たした。

ソネット(sonnet)は、2つの四行詩(Quatrain)と2つの三行詩(Tercet)の、14行からなる詩の形式。
韻に関しても、最初の8行はabba abba、次の6行は、cde cde、cdc cdc、cdc dcdなど、基本的な形が決められていた。
ペトラルカは、ソネット形式を用いて、ラウラと呼ばれる女性に捧げた恋愛抒情詩を書き、イタリアだけではなく、16世紀フランスの詩人たちに圧倒的な影響を与えた。
恋愛を歌うことは、人間的な自然な感情の表現であると思われるかもしれない。しかし、古代の文藝を再評価したルネサンスの時代には、哲学者プラトンから出発した愛の神話 — プラトニック・ラブ — を歌うことでもあった。
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フランソワ・ラブレーは16世紀前半を代表する作家というよりも、フランス文学全体を通して最も重要な作家の一人。
残念ながら、16世紀のフランス語は現代のフランス語とかなり違っていて、容易に読むことができない。従って、ラブレーのフランス語のテクストをそのまま読み、解読してしていくことは難しい。
ここでは、ラブレーの教育論と理想世界について、核になる言葉を取り上げて、概要を見ていくことにする。
ポイントになるのは、二つの言葉。
« science sans conscience n’est que ruine de l’âme. »
« Fais ce que voudras.»