カンディンスキーのヴァーチャル展覧会

現在はコロナのために閉館しているパリのポンピドゥー・センターが企画して、ネット上でカンディンスキーの展覧会が開催されているそうです。
https://artsandculture.google.com/project/kandinsky

アンブル・シャルモーの紹介は、カンディンスキーの絵画が共感覚(synesthésie)と関係しているという側面を指摘、ボードレールやランボーとの共通性にも言及し、とても興味深いものです。

Même s’il est fermé, le Centre Pompidou continue à permettre l’accès à de grandes expositions grâce à la magie d’internet. En ce moment, le musée propose une gigantesque rétrospective de l’artiste Kandinsky à travers 3000 de ses œuvres.

ラシーヌ 恋は毒

ラシーヌの悲劇は、人間の弱さを描き、そこに美を生み出すという点では、日本的な感性に受け入れられやすいといえる。

必至に運命に立ち向かい、何とか理性を働かせて、自分を保とうとする。しかし、追い詰められると、どうにもならない感情にとらわれ、愛が憎しみに反転し、自分を押さえることができなくなる。
その葛藤の中で、もがき苦しむ。倫理的な行動を取ろうとすればするほど、自分を責める心持ちが強くなり、苦しみも深まる。
美は、まさに、そこに生まれる。

17世紀前半を代表する悲劇作家コルネイユの主人公たちは、義務と情の選択を迫られると、最終的には恥を避け、義務を選択する。栄誉こそが彼らの最高の価値であり、彼らは「あるべき」行動を取ることで、愛も獲得することができる。

それに対して、ラシーヌの主人公たちは、報われることのない恋愛から逃れられない運命にあり、愛と憎しみの間で揺れ動き、意志とは反対の方向に進んでいく。
17世紀後半、「あるがまま」の姿が自然であると見なされる時代になり、ラシーヌは、感情に逆らいながらも最後には感情に負け、崩れ落ちる人間のあり様を描いたのだといえる。

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モリエール 外見の偽りを暴く笑い

Nicolas Mignard, Molière

モリエールは17世紀後半を代表する喜劇作家であり、ルイ14世の庇護下にありながら、かなり過激な作品を上演することもあった。
王でさえ庇いきれず、上演を禁止にせざるをえないこともあったほどである。

実際、彼の喜劇は、私たちが普通にイメージする喜劇とはかなり違っている。笑わせることだけを目的にしているのではなく、社会批判を含んでいることがはっきりと感じられる作品が多い。

その笑いは、「楽しませながら、教育する」という17世紀の演劇の大原則に基づき、笑わせながら、社会生活を歪める人間の行動を告発し、当時の観客に一つの行動規範を示したとも考えることができる。

モリエールが笑いの対象にした人間の姿を辿りながら、彼の喜劇が目指したものが何か探ってみよう。

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ジョン・ピザレリ John Pizzarelli 気持ちのいいジャズ・ヴォーカル

ジョン・ピザレリの歌声は、軽く、暖かみがある。しかも、軽快にリズムを刻むギターを弾くピザレリの歌は、スイング感に溢れ、いつ聞いても気持ちがよくなる。

クール・ジャズを先頭で引っ張ったピアニスト、ジョージ・シアリングと競演したアルバムに収められた”Everything happens to me” を聞けば、ピザレリの歌声とリズム感にすぐに魅了されてしまう。

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パリ・コミューン150年

パリ・コミューンとは、1871年2月26日、フランスの国防政府とプロイセンとの間で行われた和平交渉に反対するパリ市民が、史上初の「プロレタリアート独裁」による自治政府を宣言し、パリの町の中で市街戦が行われた事件のこと。
今年はその150年後の年にあたり、フランスでは左派と右派でパリ・コミューンに対する評価をめぐり論争が行われているという。

個人的には、パリ・コミューンの映像は、アルチュール・ランボー少年が故郷のシャルルヴィルから駆けつけ、彼が目にした光景を目にすることができるという意味で、大変に興味を引かれる。

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フランソワーズ・アルディの歌声 

フランソワーズ・アルディ(Françoise Hardy)は、1960年代から活動を始め、今でも一定の人気がある歌手。
歌詞を大切にして、独特の甘い歌声で歌う彼女の歌は、今でも魅力的に聞こえる。
2021年3月16に放送されたQuotidienでは、彼女のキャリアが簡単に紹介されているので、フランソワーズ・アルディがどんな歌手なのか、大まかに知ることができる。

アルチュール・ランボーの死後130年 Arthur Rimbaud, 130 ans de mystères 

アルチュール・ランボーはフランスの詩人の中で、最もよく知られ、読まれている詩人だろう。2021年は彼の死後130年。
ジャン・ルオー著『惑星ランボー(La Constellation Rimbaud)』(グラッセ書店)を紹介する番組のコーナーで、ランボーの母親を知る人の姿やランボーの旅行カバンなどを見ることができる。

Arthur Rimbaud, 130 ans de mystères

À l’occasion du 130ème anniversaire de la mort d’Arthur Rimbaud, les éditions Grasset viennent de publier « La Constellation Rimbaud ». Signé Jean Rouaud, ce livre cherche – comme beaucoup avant lui – à percer le mystère autour du poète. Car, si Rimbaud est un auteur reconnu et admiré, il recèle encore de très nombreux secrets. Il est même l’un des auteurs sur lequel on sait finalement le moins de choses. Ce qui participe à la fascination autour de son nom. 

アイデンティティの捉え方がもたらす社会問題

精神分析学者エリサベート・ルディスコが、 2021年3月10日のQuotidienに招かれ、 アイデンティティについて話している内容は、フランスの社会問題を考える上で大変に興味深い。
1)精神分析は役に立つのか。立つとしたら何の役に立つのか。
2)現代のアイデンティティの捉え方がもたらす社会の問題

Elisabeth Roudinesco interroge les dérives identitaires
Elisabeth Roudinesco est historienne et psychanalyste. Autrice de grands livres de référence sur Jacques Lacan et Sigmund Freud, figure de la gauche française, engagée dans la lutte contre le colonialisme, l’antisémitisme et l’homophobie, elle publie cette année « Soi-même comme un roi ». Un essai sur les dérives identitaires de nos sociétés. 

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ピエール・コルネイユ 感情に従う? 義務を果たす? 忠臣蔵 vs コルネイユ的英雄像

ピエール・コルネイユ(1606-1684)は17世紀を代表する劇作家であり、フランスでは現在でも彼の劇がしばしば上演されているし、紙幣の挿絵として彼の肖像画が使われたこともある。
それにもかかわらず、日本では翻訳があまりなく、代表作の『ル・シッド』でさえ容易に入手できない状態。
その理由はいくつかあるだろうが、一つには、コルネイユの芝居の表現する精神が、日本的な感受性にとっては受け入れがたかったり、反感を招くことがあるからだと考えられる。

たとえば、日本では「忠臣蔵」が大変に好まれる。12月14日は討ち入りの日として今でも人々の口に上ることがある。コルネイユの芝居の主人公たちは、こう言ってよければ反忠臣蔵的精神の持ち主。社会通念が課す義務を果たし、その社会において「あるべき」振る舞いをするヒーローとなる。そして、その姿は、17世紀フランスの社会が向かう方向性と軌を一にしている。

コルネイユの劇作家としてのキャリアは長く、30以上の演劇作品を書いているし、ヴァラエティーに富んでいる。初期の喜劇には16世紀後半から続くバロック的な要素が色濃く見られ、1640年前後になると古典主義的な悲劇の先駆けとなる作品が見られる。キャリアの後半になると、オペラの前身となるような作品や、大がかりな仕掛けを使った悲劇なども手がけた。
そうした中でも、私たちが現在あえて彼の作品に接するとしたら、1637年に初演された『ル・シッド』から始めるのが王道だろう。

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17世紀文学における演劇 日本の事情とフランスの状況

フランスの17世紀文学を代表するのは、3人の劇作家、コルネイユ、モリエール、ラシーヌ。
3人の芝居は、17世紀から今日まで、フランスではずっと上演され続けている。

ところが、日本では、モリエールの作品はかなり多く翻訳されているが、ラシーヌは少数、コルネイユに作品に至っては一般の読者が気軽に手に取ることができない状態にある。

その理由はどこにあるのか考え、日本ではなぜ演劇作品が読み物として受け入れられにくいのか、17世紀フランスにおいて演劇がなぜ文芸の中心だったのか、といった事情を探ってみよう。

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