
ロシアがウクライナに侵攻し、戦争の悲惨が世界中で叫ばれている。
ヨーロッパでは、地続きの国で起きている戦争ということで、イラク、アフガニスタン、シリア、そして今も続いているイエメンでの空爆と比較しても、人々の反応は大きい。
ロシアに制裁を課し、ウクライナに兵器を供与することで、何とか戦争を停止させる努力が続けられている。

しかし、そうした中で、忘れられていることがあるのではないかと、欧州議会議員ラファエル・グリュックスマンのテレビでの発言を聞いて思うことがあった。
彼のウクライナに住んでいる友人の一人が、その朝、初めて銃を手に取り、引き金を引いた。しかし、決して人間に銃口を向けることができなかった。そして、グリュックスマンに、「そんなことはできない」と言ったという。
このエピソードは、戦争で戦う一人一人が、たとえ兵士であろうと、対抗する市民であろうと、「一人の人間である」という当たり前のことを思い出させてくれる。
逆に言えば、兵士や敵・味方という鎧をまとってしまうと、相手を殺しても無感覚になってしまう。たとえ普通の市民でも、侵入してくる兵に対して銃を向け、殺害すれば誇りに思う可能性がある。
そして、戦争中は、死者の氏名ではなく、死者の数が発表され、数字の後ろにある人間の実態が隠される。
このようにして、人間性があっという間に失われる、あるいは一時的に消滅してしまうことこそが、戦争の残酷さではないだろうか。
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