音楽と身体の共鳴 

人間の身体の中の水分の量は、体全体の約60%と言われている。
水の中で誕生した最初の生命が、今でも一人一人の人間に受け継がれ、命の水が体の中に流れているといってもいい。

体内の水分は体液として循環し、体中に栄養を運び、皮膚に血液を循環させて汗を出すことで体温を一定に保ち、新陳代謝がスムーズに行われるための働きをする。体調の維持のために、スムーズな体液の循環は欠かせない。
しかも、コップを指で弾けば中の水が振動するように、体液も体内の器官も振動する。
それと気づかないけれど、人間の身体は常に振動し、振動しながら身体全体の調和を保っている。

体の外に広がる空間の中にも、振動しているものがある。それは、音。
音は物体が振動することで発生する。
その振動が空気の振動として鼓膜に伝わることで、人間は音として認識する。つまり、音とは空気中を伝わる振動なのだ。

そして、音には共鳴作用がある。
同じ振動数を持つものであれば、一方の振動が他方の振動を増幅したりする。
逆に、異なる振動数の二つの音の間では、共鳴は起こらない。

音楽が音から出来ていることを考えると、身体という振動体は、音の振動と共鳴することで音楽の影響を受けることが理解できる。

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フランス文学の道しるべ 最初の一歩

Camille Corot, Femme lisant

 フランス文学の豊かで広大な森に入る時、地図を持たないと道に迷い、ただ歩き回るだけで終わってしまうことになりかねない。
 ゆっくりと木や花を観察し、小鳥のさえずりに耳を傾け、動物の動きに気を配るためには、森の全体像を把握できるための大まかな知識を持っていた方がいい。
 そこでまず最初に、最も大きな視点から見たフランス文学全体の見取り図を示してみよう。

 フランス文学というからには、フランスという国土の成り立ちを知ることも大切だし、フランス人が時代の変遷に従ってどのような精神性の中で生き、その中でどのような表現をしてきたのか等も知っておきたい。
 そうした知識を持つことで、一つ一つの作品を読む際に、読者の世界観を作品に押しつけ、自分流の読み方だけに終わる危険を避けることができるはず。

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フランス文学の道しるべ 一歩踏み出す前に

Vincent van Gogh, La lectrice de roman

 フランス文学には汲み尽くせない魅力を持った作品が多くあり、人生の友として生涯を通して付き合っていけるし、人生を豊かにしてくれる。

しかし、友として接していくためには、それなりの作法がある。こちらの思いを一方的に押しつけるだけでは相手は逃げていくだろう。
たとえそれが本であろうと、やはり相手を尊重する精神は必要。

そこで、これから少しづつフランス文学の紹介をしていく前に、文学作品を読む前提となることを振り返っておきたい。相手を知ることが、最低限の礼儀だから。

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2021年1月1日 雪の摩耶山 

2021年元旦、青谷道をたどり、雪の積もる摩耶山に行ってきました。
旧天上寺跡、天狗岩、掬星台、現天上寺までの風景を、ハイドンのピアノ・ソナタに乗せてお届けします。

ピアノ・ソナタは、アルフレッド・ブレンデルの演奏。
https://bohemegalante.com/2019/12/02/haydn-piano-sonata-alfred-brendel/

ネルヴァルの美学 Esthétique de Gérard de Nerval 1/6 音楽性と超自然主義 

ジェラール・ド・ネルヴァル(1808-1855)は、ユーモアに富んだ皮肉屋。しかも、恥ずかしがり屋で、自分について語る時でも、面白おかしい演出を施して、なかなか本心を掴ませない。

最後は、パリの場末にあった安宿屋の窓で首を吊るという劇的な場面を準備し、死後のネルヴァルのイメージに大きな影響を与えた。
実際、首吊り自殺がセンセーショナルなニュースになり、夢見がちで現実を顧みない作家だったとか、一人の女性への失恋のために狂気に陥り、そのことが彼の作品を決定付けたとか、色々なことが言われた。ザリガニに紐をつけ、犬のように公園を散歩していたとか・・・。
その余波は現在でも続き、ネルヴァルの詩や散文作品は、夢、理想の女性の喪失による狂気、神秘主義といったレッテルを貼られることが多くある。

マルセル・プルーストとの関係が取り上げられることもある。意図しない時にふと湧き上がる思い出が作品世界を形成するという創作方法が『失われた時を求めて』の原型であるとされ、プルーストの先達という位置づけをされる。そんな時、ネルヴァル作品の価値が真正面から取り上げられることはほぼない。

全てはネルヴァルが自死の演出を暗い場末でしたことが原因。そう言ってしまえばそうかもしれない。
2020年に代表作の一つである『火の娘たち(Les Filles du feu)』が、野崎歓さんの翻訳で岩波文庫から出版されたが、今までと変わらず、複雑でわからないとか、叶えられない夢を追う男の幻想的で夢幻的な話として読まれてしまう。

しかし、それでは、ネルヴァルはいつまでたっても同じ読み方しかされない。彼が生涯をかけて作り出した作品の意義も、美しさも、埋もれたままになってしまう。

少しでもネルヴァルが試みたことに接近するために、ここでは彼の美学について辿ってみることにする。

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ボードレール ティルソス(聖なる杖) Charles Baudelaire Le Thyrse フランツ・リストに捧げる詩学

「ティルソス(聖なる杖 Le Thyrse)」は、1863年12月10日、『国内・国外評論(Revue nationale et étrangère)』に掲載されたシャルル・ボードレールの散文詩。
ピアニスト、作曲家、指揮者であるフランツ・リストに捧げられ、同時に晩年のボードレールの詩学を歌っている。

ワーグナー好きのボードレールにとって、ドイツのワイマールで行われた「タンホイザー」の初演で指揮棒を握ったリストは、敬愛する音楽家だったに違いない。

「ティルソス(聖なる杖)」では、オーケストラを自由自在に操る指揮棒と、ディオニュソス(バッカス)の持つ聖なる杖(ティルソス)とを重ね合わせ、忘我的陶酔(extase)の中で感知する美(Beauté)について、散文のシンフォニーが奏でられる。

Le Thyrse
À Franz Liszt

 Qu’est-ce qu’un thyrse ? Selon le sens moral et poétique, c’est un emblème sacerdotal dans la main des prêtres ou des prêtresses célébrant la divinité dont ils sont les interprètes et les serviteurs. Mais physiquement ce n’est qu’un bâton, un pur bâton, perche à houblon, tuteur de vigne, sec, dur et droit. Autour de ce bâton, dans des méandres capricieux, se jouent et folâtrent des tiges et des fleurs, celles-ci sinueuses et fuyardes, celles-là penchées comme des cloches ou des coupes renversées. Et une gloire étonnante jaillit de cette complexité de lignes et de couleurs, tendres ou éclatantes.

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ランボー 花について詩人に伝えること Arthur Rimbaud Ce qu’on dit au poète à propos de fleurs 5/5 地獄(鉄)の世紀の詩

第5セクションは第4セクションに続き、新しい詩を推進する言葉がさらに重ねられる。
そうした中で、2つのセクションの違いは時代性の有無にある。

前のセクションでは語られた内容は、非時間的、非空間的で、最後のアフフェニード合金だけがランボーの時代を思わせるものだった。
今度のセクションになると、具体的な固有名詞が出てきたり、現代(=19世紀後半の現代)を思わせる記述が多く使われる。
そして、アルシッド・バヴァは自分たちの現代を、「地獄(鉄)の世紀」と呼ぶ。

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ランボー 花について詩人に伝えること Arthur Rimbaud Ce qu’on dit au poète à propos de fleurs 4/5 合金ナイフを腐食させる煮込み料理を出せ

第4セクションからは、とうとう、新しい詩とはどういうものであるべきか、詩人に伝えることになる。
その際、アルシッド・バヴァは、「言え(dis)」「クソをかぶせろ(incague)」「見つけろ(trouve)」「料理を出せ(sers)」と続けざまに命令を下す。

他方で、何を言えと言うのか、何を見つけろと言うのか、命令の内容は定かではない。言葉が意味をなさない!と思われることが多くある。

それこそが、アルシッド・バヴァの狙いだ。
彼は新しい詩の世界を目指し、現実の再現をベースにした言語世界の破壊を目指している。
詩の中で生成する世界は、現実の素材が使われてはいるが、しかし現実から自立した新しい世界。

読者に求められるのは、すでに知っている言葉の慣用的な意味を探し、それが見つからないと頭を抱えるのではなく、未知の世界を経験すること。

未知の世界の解釈は読者に委ねられている。理解不能と匙を投げる必要はない。
アルシッド・バヴァが息せき切って続ける命令のエネルギッシュな勢いを感じながら、音の流れについていくだけでいい。

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中国におけるコロナウィルスの現状 2020年12月 Pékin, une vie loin du virus ?

アメリカやヨーロッパだけではなく、アジアでもコロナウィルスの影響は続いている。その一方で、中国ではすでにコロナ以後の生活に入っていることを示す映像。
こうした映像と日本の今を比べると、自由であるがゆえにコロナの収束に時間のかかる状況を前にして、自由の難しさを考えさせられる。

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