2020年10月21日から2021年2月22日まで、パリのポンピドー・センターで、アンリ・マチスの展「Henri Matisse comme un roman」が開催されている。
10月26日のQuotidienでは、なぜ今マチスか?という視点で、その紹介がなされていた。
サン=テグジュペリ 『星の王子さま』 Antoine de Saint-Exupéry Le Petit Prince ポエジーの源

『星の王子さま』で最もよく知られているのは、子供の頃に書いたヘビの絵、王子さまとバラの諍い、王子さまとキツネの会話だろう。確かにそれらのエピソードは印象深い。
それらに比べると、一般的には少し忘れられているように思われる、美しいエピソードがある。
それは、不時着から一週間後、パイロットが王子さまと一緒に、砂漠の中で一つの井戸を探すエピソード。
映像と音楽が響き合い、抒情的な詩情(poésie)が生み出されている。
サン=テグジュペリ 『星の王子さま』 Antoine de Saint-Exupéry Le Petit Prince 天空の城ラピュタ 君をのせて

小さな王子さまは、一年間地球で過ごした後、毒蛇に噛まれて自分の星に戻っていく。
その直前、パイロットに一つのメッセージを伝える。
アプリボワゼが終わり二人の間に絆が出来上がった後であれば、別れた後でも世界で唯一の存在(unique au monde)であることに変わりはない。それだけではなく、他のものにまで愛情が及ぶ。そうした教えをニコニコと笑いながら告げる。
その王子さまの言葉からインスピレーションを受けて、宮崎駿監督は「天空の城ラピュタ」のエンディングで歌われる「君をのせて」の歌詞を作詞したと言われている。
王子さまはパイロットにどんなことを告げ、「天空の城ラピュタ」はその言葉から何を私たちに伝えているのだろう。
続きを読むサン=テグジュペリ 『星の王子さま』 Antoine de Saint-Exupéry Le Petit Prince キツネの教える秘密 — apprivoiser — 詩的物語

『星の王子さま(Le Petit Prince)』の伝えるメッセージの中心は、小さな王子さまが出会うキツネによって伝えられる。
キツネは王子さまにapprivoiserしてくれと言い、王子はapprivoiserとはどういうことか問いかける。
そして、その対話の最後は、「大切なことは目に見えない。(L’essentiel est invisible pour les yeux)」という言葉へと続いていく。
これらの会話を通してとりわけ注目したいのは、『星の王子さま』が普通に言われる意味での「小説」ではなく、子供用の読み物でもなく、詩的な散文で綴られていること。
こう言ってよければ、散文詩的な物語。普通に誰もが使う日常の言葉が使われ、ごく普通の構文に基づきながら、詩情を感じさせる。
フランス語で小さな王子さまとキツネの会話を読むと、Le Petit Princeのしっとりとした詩情(ポエジー)を感じることができ、翻訳で読むのとは違う喜びを味わうことができる。
サン=テグジュペリ 『星の王子さま』 冒頭の一節 Antoine de Saint-Exupéry Le Petit Prince 20世紀のロマン主義

『星の王子さま(Le Petit Prince)』(1943)は、世界中で人気があり、誰もが一度は題名を耳にし、作者であるアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900-1944)自身が描いた可愛らしい男の子の絵を見たことがあるだろう。
日本でも高い人気を誇り、1953年の内藤濯(あろう)訳以来、20種類以上の翻訳が出版されてきた。
ところが、実際に読んだ人たちの感想は、二つに分かれるようである。
一方では、感激して、絶賛する人々がいる。反対に、最後まで読んだけれど訳が分からないとか、途中で投げ出した、という読者もいる。
そうした極端に分かれる感想の違いは、どこから来るのだろう。
『星の王子さま』の中心的なテーマは、「心じゃないと、よく見えない。本質的なものは、目に見えないんだ。(L’on ne voit bien qu’avec le cœur. L’essentiel est invisible pour les yeux)」という表現によって代表されると考えられている。
この考えが、ロマン主義的だということを確かめ、ロマン主義的な思考に基づいて冒頭の一節を読んで見よう。
サミュエル・パティ氏の国葬におけるエマニュエル・マクロン大統領の弔辞 Hommage à Samuel Paty: le discours d’Emmanuel Macron
表現の自由を生徒に考えさせるために、一人の先生が中学校で、自由の女神像などとともに、シャーリー・エブドに掲載されたマホメットの風刺画を授業中に見せた。そのことに対する抗議の声がソーシャル・メディアで上がり、生徒の親が学校に抗議に行き、最後には、18歳の少年がサミュエル・パティ先生を殺害した。
2020年10月21日にソルボンヌ大学で行われたサミュエル・パティ先生の国葬におけるエマニュエル・マクロン大統領が追悼演説は、知識を学ぶことの意味、文学、音楽、科学などの価値、教師の役割等が心を込めて語られていて、耳を傾ける価値がある。
映画 Miss ミス・フランスを目指した男性の物語
一人の男性が、ミス・フランスになることを目指す物語。
主役を演じているAlexandre Wetterが、本当にきれいな女性になっている。
(フランスでの公開は、2020年10月28日。)
Alex, petit garçon gracieux de 9 ans qui navigue joyeusement entre les genres, a un rêve : être un jour élu Miss France. 15 ans plus tard, Alex a perdu ses parents et sa confiance en lui et stagne dans une vie monotone. Une rencontre imprévue va réveiller ce rêve oublié. Alex décide alors de concourir à Miss France en cachant son identité de garçon. Beauté, excellence, camaraderie… Au gré des étapes d’un concours sans merci, aidé par une famille de cœur haute en couleurs, Alex va partir à la conquête du titre, de sa féminité et surtout, de lui-même…
続きを読む火山の国 日本 À la découverte de Kyushu et les bienfaits de ses volcans
2020年10月19日、TF1の20時のニュースで、日本人が火山に親しむ様子が紹介されていた。
フランス人の目から見て、日本は異国そのものであり、どこか神秘なものを感じさせるのかもしれない。
サルトル 『嘔吐』 Jean-Paul Sartre La Nausée 存在とは何かという問い

サルトルと言えば「実存主義(existentialisme)」という哲学思想が浮かび、「実存(存在)は本質に先立つ(l’existence précède l’essence )」という表現と共に、代表的な小説として『嘔吐(La Nausée)』という題名が連想される。
そこで、『嘔吐』の読者は、まず哲学的な興味から作品にアプローチすることになるだろう。
しかし、主人公ロカンタンが日記らしきものに書くことは、「存在するとはたんにそこにあることだ。・・いたるところに無限にあり、余計なものであり、・・それは嫌悪すべきものだった。・・私は叫んだ、”なんて汚いんだ。なんて汚いんだ”。」(白井浩司訳『嘔吐』)
こんな調子が続くと、読者の頭の中は、???となってしまう。
少し頑張って、サルトルの哲学の主著『存在と無(L’Être et le Néant)』にトライして、「存在とはある。存在はそれ自体においてある。存在はそれがあるところのものである。」(松浪信三郎訳)が彼の主張だと言われても、ますます???が重なるばかり。
続きを読むボードレール 「異邦人」 Charles Baudelaire « L’Étranger » 片雲の風に誘はれて、漂白の思ひやまず

散文詩「異邦人(L’Étranger)」は、ボードレールが、ノルマンディー地方にあるオンフルールの海岸や、ウージェーヌ・ブーダンの風景画の中で見た、空に浮かぶ雲を思い起こしながら、詩人の存在について歌った詩だといえるだろう。


詩人は、世界のどこにいても「外国人(étranger)」であり、人間にとって自然だと思われている感情を持たず、常に違和感を感じている。
ボードレールは、自分の中の詩人に向かい、矢継ぎ早に質問をする。
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