
アルベール・カミュの『異邦人(L’Étranger)』の最後には、死刑の判決を下されたムルソーの独房に司祭がやって来て、懺悔を促す場面が置かれている。
そこでは、それまで全てに無関心なように見えたムルソーが、司祭に飛びかかるほど強い拒否反応を示す。
裁判の弁論では、他の人々には不可解に見える彼の行動について、理由の推定が行われた。つまり、一つの出来事にはそれなりの原因があるとする一般論に基づいて、彼の行動に関する物語が作られたのだった。
司祭は、死後の魂を救済するという意図の下、独房の死刑囚に懺悔を強いようとする。それは、裁判の場を支配していた漠然と共有された社会通念ではなく、明確に定まった宗教的倫理によって、ムルソーを再定義し直すことに他ならない。
ムルソーにとって死は生の連続性の中にあり、そのまま受け入れることができる。しかし、司祭の勧めは、全く別のシステムを受け入れることになり、激しく反発せざるを得ない。
司祭が独房から去った後、ムルソーは、『異邦人』の最も中心的なテーマである「死」と直面する。







