プラトン 美を愛する者 L’Amoureux du Beau chez Platon 

プラトンは肉体を魂の牢獄と考えた。
魂は天上のイデア界にあり、誕生とは、魂が地上に落ちて肉体に閉じ込められることだとされる。
この魂と肉体の関係が、プラトンによる人間理解の基本になる。

それを前提とした上で、プラトンにおける美について考えてみよう。

天上の世界にいる時に美のイデアを見た魂があり、その記憶は誕生後も保持される。
地上において美しい人や物を目にすると、天上での記憶が「想起」され、それを強く欲する。
その際、感性によって捉えられる地上の美は、天上で見た美のイデアを呼び起こすためのきっかけとして働くことになる。

従って、プラトン的に考えると、ある人や物を見て美しいと感じるとしたら、それはすでに「美」とは何かを知っているからだ。逆に言えば、「美のイデア」を見たことがなければ、地上において美を求め、美を愛することはないということになる。

続きを読む →

ランボー 黄金時代 Arthur Rimbaud Âge d’or 詩句の音楽性

「黄金時代(Âge d’or)」は、ランボーの音楽性に富んだ詩の中でも、最も音楽性を感じさせてくれる詩。
詩句を口に出して発音すると、口の中に円やかな感覚が広がり、とても気持ちがよくなる。

他方で、何を言いたいのか考え始めると、訳が分からなくなる。
フランス人のランボー研究者でこの詩を大変に難しいという人が多くいる。
無理に解釈しようとすると、訳が分からなくなり、読むのが厭になるかもしれない。

詩句が奏でる音楽に身を任せ、Voix(声)という言葉が出てきたら、voixという音を口ずさみ、「声」と思うだけ。現実にある何かの声を探す必要はない。
詩は言葉によって成り立ち、詩の世界だけで自立している。「黄金時代」はそのことを実感させてくれる。

続きを読む →

スペイン バロック絵画 peinture baroque en Espagne

El Greco, L’Enterrement du seigneur d’Orgaz

スペイン絵画の黄金時代と呼ばれる16世紀後半から17世紀、エル・グレコからヴェラスケスまで、素晴らしいバロック絵画が次々に制作された。

そうした傑作群から共通の要素を取り出すのは難しいが、あえて言えば、ルネサンス美術の理想主義的な均整の取れた美に流動性を与え、現実性と精神性を合わせ持つ絵画だと定義することができるかもしれない。

エル・グレコの「オルガス伯の埋葬」は、その二つの側面を明確に表している。
上部の天上世界は幻想的な雰囲気に満ち、精神性が強く表出される。

L’Enterrement du seigneur d’Orgaz 上部
続きを読む →

600年前の古書の修復 Restauration d’un manuscrit vieux de 600 ans

フランスの国立図書館には数多くの古書が収蔵されている。
TF1の20Hのニュース(2020年11月28日)で古書修復の様子が紹介されていたが、その様子はとても興味深い。
とりわけ挿絵の色彩が今でも鮮やかに保たれ、驚かされる。

続きを読む →

日本語 — 関係を測る言葉、関係を結ぶ言葉

日本語には面白い特色があるが、その中のあるものは、人間関係に影響を及ぼし、会話の中身そのものに直接かかわっている。

様々な場所で、人の噂話をしたり、芸能人ネタや恋バナで盛り上がり、時間を忘れるほどになる。
仲の良い友だちの間なら、人の悪口もいいネタになったりする。

もちろん、こうした話題はどんな言語でも話されるに違いない。
しかし、日本語には、こうした話題をすることで、ある目的を達しやすくする特色があるらしい。
『私家版 日本語文法』の著者、井上ひさしは、そうした特色を「自分定めと縄張りづくり」「ナカマとヨソモノ」と表現している。

結論を言ってしまえば、私たちがよくする会話は、ナカマ意識の確認と、もう一つ付け加えれば、自己愛の保証、その二つを暗黙の目的としているのではないかと考えられる。

続きを読む →

恋愛の誕生 Naissance de l’Amour 12世紀フランス文学における恋愛観の転換

Gustave Moreau, Sapho à Leucade

恋愛は12世紀のフランスで誕生した。

恋愛は人間に備わった自然な感情なのだから、恋愛が発明されたなどと言うのは馬鹿げていると考えるかもしれない。
実際、古代ギリシアの時代から、抒情詩人たちは激しい恋の感情を詩にしてきた。

柏の梢に吹き下ろす深山の嵐の如く
恋はわが胸を掻き乱す。(サッポー)

黄金なす愛欲の女神なくして何の人生ぞ、何の歓びぞ、
死なんかな、かの美わしきことどもの、過ぎにし夢と消え去れば、
秘めし恋、心込めたる贈り物、愛の臥床。 (エレゴス)

こうした詩句を読めば、恋愛がいつの時代にも存在したと考えるのが当たり前だろう。

では、12世紀にフランスで恋愛が発明されたというのは、間違った言葉なのだろうか。

続きを読む →

詩をフランス語で味わう Savourer de la poésie en français

フランス語で詩を味わうことなどとてもできない、と思い込んでいる人が多くいるかもしれない。
しかし、実際に口の中に美しい詩句を含んでみると、自然に味覚を感じる。

例えば、ヴェルレーヌの詩句:

Les sanglots longs des violons de l’automne / blessent mon cœur / d’une langueur monotone.

最初に lo とlonの音が連続し、lが舌で上の歯茎の後ろを叩き、o とonが雨粒のように細かな響きを立てる。
次に、œの円やかな音が、cœur, langueurと心の物憂さを感じさせる。
最後に、monotoneの中に o の音が再び回帰し、3度反復する。

「秋のヴァイオリンの長いすすり泣き」「私の心を傷つける」「単調な物憂さで」といった意味がわかろうとわかるまいと、一連の詩句を口ずさんでみると、口の中で詩句の味覚を感じていることがわかる。

続きを読む →

日本人の幸福感 Sentiment du bonheur chez les Japonais

日本的な感性は、ごく身近にある、ありふれたものにも幸福を感じるよう、人の心を導く働きをする。

道を歩いていて、ふと目をやると、緑の葉に青や紫の実が見える。
そんな小さな美を目にするだけで、幸せを感じる。

こうした感受性は、古くからの日本的な世界観に由来しているらしい。

続きを読む →

浄瑠璃寺 浄土式庭園 此岸から彼岸への旅

京都の南の端、奈良との境に位置する浄瑠璃寺には浄土式庭園があり、秋にはとりわけ美しい姿を見せる。

その美しさは、人間の住む地上に極楽浄土を造りだそうとした志を実現しているようでもある。

庭園の中央には清浄な池が置かれ、東側には三重塔、西側には阿弥陀堂が配置されている。

続きを読む →

ボードレール 犬と香水瓶 Baudelaire Le chien et le flacon 詩人の肖像

散文詩「犬と香水瓶(Le Chien et le Flacon)」の中で、ボードレールは、香水のかぐわしい香りよりも汚物を好む犬の姿を描く。
その嫌みは、韻文詩「アホウドリ(L’Albatros)」の中で船乗りたちに揶揄されたアホウドリの反撃と見なすことができる。

その詩で歌われる香水瓶が、1857年に出版された『悪の華(Les Fleurs du mal)』だとすれば、「犬と香水」は、詩集を裁判にかけ、罰金刑を科し、6編の詩の削除を命じた判決を行い、それを支持した人々に対する嫌みとして受け取ることもできる。

犬の悪趣味に対する攻撃。言葉は直接的で、ボードレールの生の声が聞けるような感じがする。
最先端の芸術家は、その新しさのために社会には理解されない。自分たちの優越性を心の片隅で信じながら、時にはこんな風に、自分を認めない相手に思い切り毒づくこともあるのだろう。

続きを読む →