
宮沢賢治(1896-1933)は生前2冊の本しか出版していない。一冊は詩集『春と修羅』、もう一冊は童話集『注文の多い料理店』。どちらも大正13年(1924年)のことだった。
その同じ年に、結局未完のままで終わった「銀河鉄道の夜」 も書き始められた。
その時期は賢治の創作活動が最も活発な時であると同時に、彼の世界観が「心象スケッチ」や物語の形で美しく表現されていた。
その世界観は、『注文の多い料理店』の「序」では、子どもにも理解できるやさしい言葉で告げられる。
わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
(中略)
わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾いくきれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。
ここでは、「すきとおった」という言葉が最初と最後に出てくることに注目しておきたい。その言葉は、賢治の世界がその本来の姿を現すことを示すマジック・ワードなのだ。
続きを読む





